今月の2冊目は、フランスの新鋭女流作家アメリー・アントワーヌ『ずっとあなたを見ている』
日本初紹介の作家さんです。もとは自費出版で出したものが、フランスの大手出版社の目にとまり、商業出版物として米・仏で25万部のヒットにつながったとのこと。
評判を呼ぶのも納得の、いかにも「フランス」らしい味わいの逸品でございます。

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あらすじはこんな感じです。

銀行員のガブリエルは、最愛の妻クロエとともにパリからサン・マロに移り住み、幸せな結婚生活を送っていた。

だが彼の人生はクロエが水泳中に事故死したことで一変する。

悲嘆のなか失意の日々を送るガブリエル。

そんな彼の前にある日、報道カメラマンを目指す若いエマが現れる。

死んだ妻とは対照的な魅力をもつ彼女に、ガブリエルは徐々に惹かれていくが......。

男女が織りなす心の綾を丹念に描きだしながら、巧緻な構成と意想外の展開で読者を翻弄する

フレンチ・ミステリーの傑作ここに登場。


まあ、なんていっていいのか、本作はとある「趣向」の凝らされた小説なので、これ以上はなんとも申し上げられないといいますか(笑)。
ぜひ、まずは予備知識なしで手に取っていただけると幸いです。

ジャンル・ロマンスのようなタイトルと装丁だと思われるかもしれませんが、白背で出しておりますとおり、あくまでミステリー/サスペンスのジャンルに属する物語ですので、くれぐれもお間違えなきよう(間違えて買ってしまう行為自体はもちろん、止めませんw)。
ただし、ロマンスが好きで、かつミステリーも好きな方なら、それこそドンピシャで愉しんでいただける作品ではないかと思います。日本のミステリー作家でいえば、連城三紀彦とか泡坂妻夫のような。

一人の男と、二人の女。
それぞれの愛の形。
不思議な視線の交錯。
読んでいくなかで、そっと胸に差す違和感。
その違和感はやがて芽を吹き、きちんと「ミステリー」として昇華します。

複数視点の行き来する章構成、現在形でつづられる洒落た文体など、いかにもフランス産の香りのする凝った作品です。
現代的なテイストでありながらも、カトリーヌ・アルレーやボアロー&ナルスジャック、あるいはフレッド・カサック『殺人交叉点』、ミッシェル・ルブラン『殺人四重奏』あたりの、古き良きフレンチ・ミステリーの香りをうまく引き継いでいると思うのは編集者だけでしょうか。

多少力業のところもありますが、そこを言われてしまうのは作者も想定済みなのではないかと。
むしろ、211ページで転調を迎えてから、その「あと」を100ページ以上にわたってじっくり描いているのが、本作ならではの価値なのだろうとも思います。

秋の夜長に、ベッドの友として楽しんでいただけると幸いです。(編集Y)




2021年10月 4日 17:35 | | コメント(0)

さて9月末発売(奥付10月10日)の扶桑社海外文庫は、おそらく編集3人態勢でやっていた10年前でもなかったかもしれない、4点6冊同時刊行(ロマンス含む)。
カッスラーの冒険小説あり、フランスの凝った心理サスペンスあり、スウェーデンの警察小説ありと、多種多様なラインナップとなっております。

まずは、クライブ・カッスラー&グラハム・ブラウン『失踪船の亡霊を討て』(上・下)のご紹介から。
カート・オースチンが主役を務める〈NUMAファイル〉シリーズの第12弾となります。
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あらすじはこんな感じです。

南アフリカの沖合で猛烈な嵐が発生した。

オースチンらNUMAの面々は要請を受けてIT長者ウェストゲイトの一家が乗るヨットの救難に向かう。

その妻シエナは偶然にもオースチンのかつての恋人だった。

しかし決死の救難作戦は失敗。後刻ウェストゲイトだけが漂流中に救出される。

オースチンは事件のトラウマに苦しむが、死んだはずのシエナが中東で目撃されたという情報を受けて単身ドバイへと飛ぶ。

遭難事故の背後に、シエナが開発したセキュリティシステムをめぐる陰謀が姿を見せ始める......。


今回は、カッスラー作品では珍しいくらい、主人公が追い詰められた状況で物語がスタートします。

ヨット遭難の海難救助に狩りだされたオースチンは、高波に呑まれたかつての恋人を救えなかったのみならず、自らも大きな怪我を負って、その後遺症と記憶障害に苦しめられることに。

この「記憶障害」が実はクセモノなのですが、不屈の男オースチンは、死んだはずの元恋人が生きて目撃されたという情報を頼りに、ドバイへと飛びます。誰もがオースチンを信じないなか、NUMA長官ダーク・ピットだけは全面的な支援を表明、盟友ザバーラもオースチンと行動を共にします。

個人的な闘いかと思われた今回の事件も、やがて背後に隠された世界規模の陰謀が明るみに出て、オースチンは、韓国、そしてマダガスカルと場所を移しながら、巨悪の野望を打ち破るべく大活躍を見せることになります。

ちょっと『カサブランカ』を思わせるようなシエナとの関係性が切ない、オースチン「自身」の事件。

個人的には、悪女カリスタの魅力的なツンデレぶりにも、大いに萌えました。

ぜひお楽しみください。


なお、以前から予告しておりましたとおり、今年はNUMAシリーズは2点刊行を目指しております。

次回は来年3月末刊行で、第13弾『The Pharaoh's Secret 』のご紹介を予定しています。

こちらもお楽しみに!(編集Y)



2021年10月 3日 11:41 | | コメント(0)

先月の既刊を今ごろアップしてすみません! 
もうレヴィンソン&リンク『皮肉な終幕』は読んでいただけたでしょうか。
編集部に復帰した編集Tが長年温めてきた好企画。
海外短編好きには、こたえられない一作だと思います。
ぜひ「買って」応援していただければ!

同月刊で、トム・クランシー&スティーヴ・ピチェニック〈トム・クランシーのオプ・センター〉シリーズ新章第4弾『暗黒地帯(ダーク・ゾーン)』(上・下)も発刊いたしました。
こちらも合わせてお楽しみください。

ダークゾーン上下ブログ.png

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あらすじはこんな感じです。

ニューヨークでウクライナの女性諜報員がロシアの暗殺者の手にかかって殺された。
直前に彼女と会っていた元駐ウクライナ米大使ダグラス・フラナリーも命の危険を感じて、オプ・センター作戦部長ブライアン・ドーソンに助けを求める。
どうやらウクライナ軍の離叛分子が、国境近くのロシア基地への侵攻作戦を計画しているらしい。
いまロシアとウクライナの間に火が付くと、世界大戦の引き金になりかねない。
オプ・センター長官チェイス・ウィリアムズはフラナリーの保護と事態への介入を決断する。

今回の舞台はウクライナ
中東(イラン&サウジ)、北朝鮮、中東(ISIS)と続いてきた本シリーズで、若干縁遠い地帯かもしれませんが、ロシアによる侵攻作戦以降、もっともホットな戦略地域だといっていいでしょう。

本作のタイトル「暗黒地帯(ダーク・ゾーン)」は、作中に登場するプーチン大統領その人が部下に語る内容から取られています。

「抵抗を受けずにウクライナに侵入したい」プーチンはつづけた。「スッジャのわれわれの部隊のプレゼンスがきわめて優勢に見られれば、戦う必要がなくなるだろう。ああ、たしかにわれわれには、突入できるような戦車と兵員と砲兵がある。だが、未来の戦争は心理戦だ。巧みな配置、二十四時間態勢の活動、兵士の士気がきわめて高いのを見せつけることで、スッジャが濃い影を落とすようにする。完全な暗黒地帯(ダーク・ゾーン)を創りあげ、だれであろうとわれわれに挑むのを怖れるよう仕向ける。そうしておいてから、なんの支障もなく進撃する。......」(上巻p116より)

要するに、対外的に「得体の知れない怖い国」という印象を強めていくことで、核や実際の軍事行動に頼らずに勝利していきたい、というロシア側のイメージ戦略を表してる語ですね。
北方領土問題を抱える日本にとって、ロシアは決して友好一本槍の国ではありません。
そういったロシアの国としてのあり方も考えながら読んでいただけば、「身近な」謀略小説として楽しんでいただけるのではないでしょうか。

これまでの新〈オプ・センター〉シリーズは、あくまで戦略&アクションがメインで、登場人物は若干コマのような扱いで組み立てられていた感がありますが、今回はかなりブライアン・ドーソンや各メンバーの心理描写に力が入れられています。
また、「発生してしまった大きな事件に対応する流れ」から「大きな事件が起きないように事前に対処する流れ」にプロットが変更されているのも、本来のオプ・センターのあり方に近いかもしれません(その分、話が地味になった懸念もありますが)。
このあたり、ライター陣にジョージ・ガルドリシに加えて、旧〈オプ・センター〉シリーズのジェフ・ロヴィンが戻ってきたことも影響しているのかもしれませんね。

次の〈オプ・センター〉シリーズは、新章第5弾『For Honor』を、来年春くらいに出せればと考えております。ロシアとイランが結託したミサイルの脅威に、オプ・センターの面々が立ち向かいます。こちらもお楽しみに。(編集Y)










2021年10月 2日 23:46 | | コメント(0)

『刑事コロンボ』『エラリー・クイーン』『ジェシカおばさんの事件簿』等々のミステリー・ドラマで世界中を魅了した脚本家/プロデューサー、リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク。

 学生時代から親交を結んだ彼らがプロとして認められたのは、小説ジャンルでした。
 1954年、大学在学中に書いた短編が「エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン」に掲載されたのです。
 以来2人は、十年以上にわたって数々の作品を雑誌に発表し、その一方でTVや舞台の脚本家としてキャリアを築いていきます。

 そんな彼らの短編小説を集めたのが、本書『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』です。

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 イラスト:岸潤一氏 デザイン:小栗山雄司氏

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 先に触れた小説デビュー作から、アリバイ工作の顚末を描いて『刑事コロンボ』の誕生につながった名作まで、全10編。
 じっくり描かれた心理描写と、ひねりが利いた結末で、短編ミステリーの楽しさを味わっていただけるものと思います。
 また、ミステリー研究家・小山正氏に、レヴィンソン&リンクがよくわかる詳細な解説をご寄稿いただきました。

 本国でも出版されていない、日本でしか読めない貴重な作品集です。(編集T)

 【権利の関係で、電子版の配信はありません】

2021年8月31日 19:02 | | コメント(0)

更新が少し遅れて申し訳ありません。
今月発売のスティーヴン・ハンターの新刊『ベイジルの戦争』(公手成幸訳)は、もう読んでいただけたでしょうか?

ベイジルの戦争カバー小JPEG.jpg

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あらすじはこんな感じです。

ベイジル・セントフローリアン。英国陸軍特殊作戦執行部所属。
無類の酒好き、女好き。
だが任務に当たらせれば並ぶ者のない凄腕のエージェントだ。
その日も女優と逢瀬を楽しんでいたベイジルは急遽招集され、
ナチス支配下に置かれたパリへの潜入命令を受ける。
任務は、とある暗号が秘められた聖職者の写本を複写すること。
それは、暗号解析の責任者アラン・チューリングが、
対独情報戦の要と捉えているものだった。
巨匠ハンターの筆が冴えわたる、戦時スパイ・スリラーの傑作! 

解説の寶村信二さんが、本作について必要な情報をコンパクトにまとめてくださっているので、詳しくはそちらを参照していただきたいと思いますが、本作はもともとハンターがオットー・ペンズラー編集のスパイ物のアンソロジーに書き下ろした短編を基に、それを中編化したものです。
ペンズラーといえば、ハヤカワミステリマガジンの海外情報コーナーでもおなじみの、アメリカを代表するミステリー評論家ですが、彼はミステリアスプレスというミステリー専門出版社の社長でもあるんですね。で、ハンターの短編をいたく気に入ったペンズラーが、ぜひ膨らませて一冊の本にしたほうがいいとプッシュし、実現したのが本書というわけです。
そういえば、最終原稿が入ってくる時期に、エージェントさんから「まだもう少し待ってください。ペンズラーさん自身がいまゲラに赤字を入れて、著者と追い込みで仕上げてるところなんで」みたいな連絡が入っていました。
じつは解説原稿をいただくまで恥ずかしながら全く知らなかったのですが、ペンズラーのアンソロジーにハンターが書きおろすのは「2回目」で、2010年の1回目の短編こそ、本作の主人公ベイジル・セントフローリアンの初登場だったらしいんですね(なんという不覚。ぜひこちらも、いつかご紹介の機会がつくれるといいですね......)。
つまり、ベイジル・セントフローリアンは、ハンターにとって、スワガー一族以外で初めての「シリーズ・キャラクター」ということになるのです!

物語は戦争末期のロンドンで幕を開けます。
冒頭の逢引シーンから、まさにハンターならではの小ネタが炸裂しているので、そこに出てくる人物(とその連れ合い)は、登場人物表にも敢えてのせていません(笑)。
ここに登場するふたりの有名人の関係性は、原書でもいっさいの注釈なしで書かれているので、細かなことは書かずとも欧米の読者は常識としてわかっているって前提なんでしょうね。ちょうど日本の三浦友和・山口百恵夫妻のように。
ぜひ気になる向きは、ご自身でWikiなどでお調べください。なぜハンターが物語にこのふたりを巻き込んでみせたか、いろいろとわかってとても面白いと思います。

で、大蔵庁の地下にある特殊作戦執行部(SOE)の司令部に呼び出されたベイジルは、パリ潜入の特殊任務を拝命します。
ここからは、ぜひご自身でお読みになって、新鮮な気持ちで愉しんでいただければと思いますが、何点かだけ編集者なりのポイントをまとめておきますと、

① 物語の祖型は、彼の原点ともいえるデビュー作『マスタースナイパー』から引き継いでおり、戦時エスピオナージュとしての敵中突破物で、武器や兵器へのこだわり描写がラストでは謎解きの核になる点など、いろいろと読み比べてみると、なるほどと気づかされる部分がある。

② そのうえで、主人公像にはジェームズ・ボンドを意識したような、軽口と機知で危機をしたたかに乗り切ってみせる、旧いタイプの「女王陛下のスパイ」像が反映されている。一見すると個人主義的な快楽にも目がない遊び人だが、その実国家の使命に命を賭すことをいとわない「真の愛国者」、それがベイジルである。

③ ちなみに献辞にあるR・シドニー・ボーウェンは、アメリカ生まれでありながら英国空軍で活躍し、第二次大戦中に少年向けの戦時冒険小説である「デイヴ・ドーソン戦争アドベンチャーシリーズ(15冊)」「レッド・ランドール・シリーズ(8冊)」などを著したベストセラー作家。戦中だけでデイヴ・ドーソン物は200万部を売り上げていたらしい。少年時代のハンターにも大いに影響を与えたことだろう。

④ 叙述の形態としては、任務前のブリーフィングの章と、実際の潜入任務の章を分割して交互に配することで、過去と現在、目論見と現実を鮮やかに対比してみせるのみならず、「情報を小出しに呈示し、最初から全部をわからせず、タイミングを見て読者の理解度を高めてゆく」「ベイジルは最初から知っているけど読者はまだ知らないでいい情報を後出しにする」という老獪なナラティヴを実現させている。

⑤ 登場人物にアラン・チューリングを始めとする実在の有名人を織り交ぜ、ときに「落ち」として機能させるスタイルは、同じく過去のロンドンを舞台とする『我が名は切り裂きジャック』とも共通する。そもそもハンターは米国南部の歴史と骨がらみに結び付いたスワガー・サーガを長年紡ぎながらも、実は大の「英国マニア」だそうで、本書からも彼のマニアックな英国愛、歴史家ばりの該博な知識量はひしひしと伝わってくる。

⑥ ハンターは、アクションやエスピオナージュのジャンル内においても、決して「謎とき」の面白さを忘れない。明後日の方向から明らかになる意外な真相や、叙述トリックまがいの「ひっかけ」を毎回用意してくれるのは皆さんご存じの通り。『ベイジルの戦争』でも、任務が終わったあと、やおら始まる「名探偵ベイジル」のフーダニット劇場は、実はここで展開される推理こそが書きたくて、本作は企図されたんだろうなと思わせるノリノリぶり。

と、いうわけで、
日本語版で304ページと、決して長くはない作品ですが、ハンターの魅力と「らしさ」がいっぱいにつまった一作です。ぜひこの夏休み、ハンター印の戦時エスピオナージュをじっくりご堪能ください!

そして・・・・・・ハンターファンの皆さまに朗報です。
いよいよ来年、『狙撃手のゲーム』以来の、久々のスワガー・サーガの新作をお届けできそうです。
タイトルは『Targeted』
おおお!なんか、そそるタイトルじゃないですか!

まだこちらにも原稿すら入ってきていないので、今後どうなるかはわかりませんが、期待に胸をふくらませてお待ちいただければと思います。編集者もおおいに楽しみです!(編集Y)



陳謝:最後に、一点申し訳ない誤植につきまして。お恥ずかしいかぎりですが、
   あろうことか、直近の上下巻を見逃して、背表紙の通巻番号を振ってしまいました。
   (誤)ハ19-37 → (正)ハ19-39 
  今後、このようなことがなきよう気を引き締めてまいりたいと思いますので、なんとかご容赦いただければ幸いです。










2021年8月13日 13:48 | | コメント(0)

今月の新刊は、
ドイツ語圏では知らぬ人のいない人気作家でありながら、
いまだ日本での紹介がなかったオーストリア人女流作家、
アレックス・ベール『狼たちの城』。訳者は小津薫さんです。

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あらすじはこんな感じです。

第二次世界大戦の末期、ニュルンベルクのユダヤ人古書店主イザークと家族のもとにポーランド移送の通達が届く。
彼は絶望のなか、レジスタンスに関わっていると聞いたかつての恋人クララのもとに走り、家族が逃走する手助けをしてもらえないかと依頼するが、彼女が彼に用意してくれたのはゲシュタポの特別犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンとしての偽の身分証だった。
イザークは身分証を受けとってすぐの駅構内で、ゲシュタポの士官からヴァイスマンに間違われたまま本部に連れていかれ、ナチスに接収された城内で起きた女優殺人事件の捜査に臨むことに。
ゲシュタポの深奥部で彼は無事生き抜き、事件を解明することができるのか?


ナチス・ドイツの支配下で、迫害され、生存権をはく奪され、命を喪った多くのユダヤ人。

もしも、そのひとりがゲシュタポの高官と間違われて、組織の内部深くに侵入できたとしたら?
しかも、その高官が名探偵の誉れ高い捜査官で、圧倒的な名声と権力をほしいままにしていたとしたら?
あの大戦下で、ユダヤ人がゲシュタポを顎でこき使って、犯罪捜査に挑んだとしたら?

本書は、そんな破天荒で魅力的な「逆転の構図」をかたちにした、趣向に富んだ歴史ミステリーです。

「ばりばりのエスピオナージュ」でありながら、「名探偵もの」でもある。
意外に、これまでなかったパターンではないでしょうか。

主人公のイザーク・ルビンシュタインは、古書店主を営むインテリのユダヤ人で、妹とその子供たち、両親の5人の家族がいます。数年前まで、ドイツ人の恋人クララがいましたが、今は別れています。ナチスの支配が強まるなか、ふたりで国外に逃げようというクララの誘いを断り、家族をどうしても捨てられなかったイザークは、国内にとどまることを選んだのです。
今は、店も仕事もナチスに取り上げられ、ユダヤ人専用の住居に家族とともに移されています。そこに、ついに送られてきたポーランド移送の通知書。
いよいよ先行きに不安を抱いたイザークは、家族を助けるために、動き出すことにします。
しかしそのとき彼は、自分が起こした行動の結果として、自らがゲシュタポ(ナチスの秘密国家警察)の捜査官アドルフ・ヴァイスマンに成りすますはめに陥るとは、思ってもいなかったのでした・・・・。

イザークは優秀な頭脳の持ち主ですが、決して生まれながらの「名探偵」でも、「英雄」でもありません。
むしろ、気弱で、争いを嫌い、踏み込むことをおそれる、ごくふつうの一般市民です。
きっと何もなければ、何もできないまま、家族とともに命を落としたかもしれない。
でも、環境と特殊な状況が、彼にひとつの役割を与えました。
「名探偵」という役割を。
彼は、必死で、文字通り命がけで、与えられた「名探偵」の役を演じきろうとします。
まわりも、彼を「名探偵」として最大限の厚遇をもって扱います。
そんななか、彼の内面でも、いろいろな想いが変化していくことに・・・・。
人間臭い彼の葛藤と、巻き込まれ型スパイとしての苦闘が、まずはこの物語の読みどころとなってきます。

それから、本書の面白さのひとつに、「名探偵」という装置と「エスピオナージュ」という容れ物が組み合わさったときに生じる、不思議な化学反応があります。

「名探偵アドルフ・ヴァイスマン」としてのイザークは、ゲシュタポの根拠地である城内で起きた女優殺人事件を捜査しなければならない。そこで必要とされるのは、「真実の探求」であり、こんがらがった謎を解き明かす「理性のはたらき」です。
名探偵にとっては、ゲシュタポも、レジスタンスも、両者に直接関係のない幾多の登場人物も、等しく「容疑者」なのであり、等しく平等な存在です。彼は先入観を排除して、フラットに「謎」に挑む必要があります。

一方で、「レジスタンスのスパイ」としてのイザークには、「別の使命」があります。
そのミッションにおいて、ゲシュタポは「絶対的な敵」であり、「究極の悪」であり、ユダヤ人を迫害する憎き存在でしかない。彼は連合軍側の利益のために、たまさか手にした「名探偵としての権力」を行使することすらいとわず、ゲシュタポ内部のとある情報に肉薄していきます。

イザーク・ルビンシュタインは、アドルフ・ヴァイスマンでもある。
彼はもとはただのしがない(元)古書店主ですが、今は「スパイ」でもあり、「名探偵」でもある。
ふたつのペルソナは、物事に対処するにあたって、別の思考回路と、別の解釈と、別の決断を彼にせまることでしょう。
そのとき、彼はどう動くのか。
物語が進むにしたがって、イザークの苦悩は深まっていきます。

同時に、彼の「アドルフ・ヴァイスマン」としての偽の身分は、あまりにも、もろい。
当然、ヴァイスマンのすべてを真似る必要がある、捜査でも下手は打てない、相手との会話でもボロは出せない。しかも、どれだけ頑張ったところで、本物のヴァイスマンを知っている誰かとばったり会っただけでもう、嘘も命もおしまい。すべては終焉を迎えます。
本書のサスペンスは、「潜入捜査官」もの特有の「身バレ」の恐怖にも支えられています。

しょうじき本作は、「本格ミステリー」と呼べるほどロジカルな推理の面白さに重きが置かれているとはいいがたいですが、(一応)「古城の密室殺人」ものですし(!)、本来名探偵でもなんでもないイザークが、必死で昔読んだシャーロック・ホームズの挙動やセリフを思い出しては模倣してみせる描写などは、なかなかに読者のミステリー・マインドをくすぐってきます。
なにより先に述べたとおり、「名探偵という装置」の機能について、読めば読むほど深く考えさせられる小説だといえます。

もう一点、本作で何度も問われるのは、以下の根源的な疑問です。
「なぜナチス・ドイツは、かくも残酷なことがユダヤ人にできたのか」――。
本作には、さまざまなドイツ人が登場します。権威的で俗悪なゲシュタポもいれば、「時代が違えば友達になれたかもしれない」とイザークに言わしめる青年もいます。陽気な秘書、戦争の英雄、レジスタンス・・・・。そんな「ふつうのドイツ人たち」が、なぜあの狂気に飲み込まれてしまったのか。

著者は、「名探偵」に付与された絶対的な「権力」をイザークに味わわせることで、その問いへの答えを探らせます。同時に、本作では「なぜユダヤ人は、ナチスの絶滅政策に抗する手段を見いだせなかったのか」という、カウンターとなる問いも扱われます。

ユダヤ人が、ゲシュタポを裁く。
でも、バレたら、即おしまい。
この特異な設定を成立させるために、かなり強引な部分や、主人公にとって都合のよい展開が見受けられるのも確かではありますが、それを補って余りある圧倒的なサスペンスと、先の読めない面白さでぐいぐい読ませます。

著者のアレックス・ベールは、まだ40代のオーストリアの女性作家さん。
本名で何作かのミステリーを発表したのち、アレックス・ベール名義で第一次大戦後のウィーンを舞台とした刑事アウグスト・エメリッヒものを発表。大きな評価と人気を得ました。
本作は、エメリッヒものと並行して新たに執筆した、新機軸の一作といえます。

読み応えのある異色の戦時ミステリー。ぜひご一読ください!(編集Y)









2021年6月 2日 05:24 | | コメント(0)

続きまして、4月29日発売の最新作のご紹介です。
クライブ・カッスラー&ボイド・モリソンによる、
オレゴン号シリーズの最新作、『亡国の戦闘艦〈マローダー〉を撃破せよ!』(上・下)
翻訳者は伏見威蕃さんです。

マローダーブログ画像.jpg

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あらすじはこんな感じです。

マラッカ海峡で、インド人テロリストの一派によってクウェートの石油タンカーが攻撃を受ける。
一方、メルボルンでは会議に訪れたアメリカ人上院議員の家族を狙ったテロ攻撃が企てられる。
ふたつの事件にいち早く介入し早期の解決に導いたのは、ファン・カブリーヨ船長率いる、生まれ変わった新生オレゴン号のメンバーだった。
勝利の余韻に浸る間もなく、新たな救難信号を受信したオレゴン号は、寄港地のバリを出てオーストラリア北西のティモール海に駆けつける。
そこでは、プラズマ・シールドの実験を行なっていた調査船二隻が、謎の敵性三胴船(トリマラン)からの攻撃を受けて一隻が沈没、残る一隻の乗組員も未知の毒ガス兵器によって全員が麻痺状態に陥っていた。
そのなかにはオレゴン号メンバー、マーク・マーフィーも含まれていた。
仲間の危機に激怒したカブリーヨは、シドニーを標的とした大規模攻撃を画策する敵を追い詰めてゆく。
タイムリミットまでに、彼らは解毒剤を入手し、テロを阻止することができるのか?
海洋冒険小説の雄が贈るシリーズ最新刊!

個人的には、カッスラーの複数あるシリーズのなかでも、特にお気に入りのオレゴン号シリーズ。
ここ数冊、メインライター、ボイド・モリソンの筆の冴えはとどまるところを知りません。

前作『悪の分身船(ドッペルゲンガー)を撃て!』のラストで、大変なことになってしまったオレゴン号。
本作では、まあまあ「しれっと」(笑)新艤装の「新生オレゴン号」として再デビューを果たします。
まあ、愛着のある船体とはいえ、機械は機械。
重要なのは、乗組員ということですね。

新生オレゴン号が航行可能になるまでのあいだ、いったんチームのメンバーは全国に散って、それぞれの任務にあたっています。
上巻の前半は、各小チームによる個別任務の様子が描かれます。
で、いよいよオレゴン号が出航して、チームのメンバーがまた集まってくるという熱い展開。

ところがそんななか、オーストラリアの調査船にゲスト調査員として乗っていたマーク・マーフィーが、謎の敵からの攻撃を受けて、麻痺状態に陥ってしまいます。
一定の期限を過ぎたら、もう回復はのぞめないという。
しかも、敵は都市壊滅規模のテロを計画している恐るべき連中で、プラズマ砲を配したハイテク艤装のトリマラン(三胴船)を駆使して攻撃を仕掛けてきます。
こうして、オレゴン号メンバーたちによる、一致団結した反攻作戦が始まります。

ちょっとしたラブ・ロマンスあり(なんか高校生みたいなうぶな内容ですがw)、古代ローマの沈船探査あり、圧巻のホバークラフトによるチェイスありの、たいへん盛りだくさんの内容。
冒険小説ファンなら、大満足いただけること必至の、超面白本に仕上がっております!

なお今回、先月の『テスラの超兵器を粉砕せよ』に引き続いてのオーストラリアが舞台ということで、「ええ、またかよ」と思われる愛読者の方もいらっしゃるでしょうが、『テスラの超兵器を粉砕せよ』の原書刊行が2013年、本書は2020年。カッスラー先生はちっとも悪くありません。弊社の発刊の都合でかち合ってしまって、なんだか申し訳ないかぎりです。

ちなみに次のオレゴン号シリーズも、刊行は決まっているようです。
新たなる冒険の荒海に乗り出したオレゴン号とその愛すべき仲間たちから、今後も目が離せません!(編集Y)

2021年4月28日 22:57 | | コメント(0)

またご紹介が遅れてしまってすみません!
まずは4月頭の新刊から。

巨匠クライブ・カッスラー&グラハム・ブラウンによる、NUMAファイル〉シリーズ第11弾
『テスラの超兵器を粉砕せよ』(上・下)。翻訳は土屋晃さんです。


テスラ ブログ画像.jpg

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あらすじはこんな感じです。

NUMA(国立海中海洋機関)のオースチンは休暇を利用してシドニーでの学会に出席していたが、退屈しのぎに会場を抜け出したところでヘリコプターがパワーボートを銃撃するのを目撃する。

ボートはシドニー湾を逃げ回ったあげくデッキに乗り上げて大破。唯一の生存者は駆け寄ったオースチンに「約束のものを持ってきた......タルタロスの心臓」と洩らして事切れる。

男の残した謎の言葉、そしてその体に見られた減圧症の症状に疑念を抱いたオースチンは相棒ザバーラとともに事件の調査に乗り出す。

オースチンは、ザバーラとともに砂漠のど真ん中へと向かう。そこでふたりは恐るべき陰謀が進行していることを知る。

かつて天才発明家テスラが理論化し闇に葬ったゼロ点エネルギー兵器を稼働させようと企てる存在が明らかになったのだ。

いまやオーストラリアは真っ二つに引き裂かれようとしている。

オースチンたちは理学者ヘイリーの協力を得て、南氷洋に浮かぶセロの本拠地へと突入する! 

好評〈NUMAファイル〉シリーズ第11弾。


みなさんは、二コラ・テスラの名前をご存じでしょうか。

「テスラ」といえば、電気自動車の会社を思い出す人が多いかもしれませんが、

もともとはあの社名自体、発明家二コラ・テスラから取られたものです。

エジソンと同時代に競い合った、悲劇の天才。

誘導モーターを発明して交流電気の輸送を実現し、いちはやく垂直離着陸機を設計するなどの業績を誇りながら、殺人兵器の開発にあたっていたのもまた事実のようです。

いま全国の映画館で、イーサン・ホーク主演の映画『テスラ エジソンが恐れた天才』が公開中。合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。


カッスラー作品では、〈NUAファイル〉シリーズの第6弾『運命の地軸反転を阻止せよ』(新潮文庫)でも、テスラ変圧器(コイル)を基にした兵器が登場します。

本作では、オーストラリアを舞台に、この天才科学者が考案した重力兵器の理論上の後継にあたるゼロ点エネルギー兵器をもって、世界に復讐をたくらむ人物と、カート・オースチンとザバーラのコンビが対峙します。

ここのところの〈NUMAファイル〉では、世界規模の災厄を引き起こす巨大なエネルギーを発する超兵器が毎回登場しておりますが、本作の兵器もなかなかにすごい風呂敷の広げようです。

湖底の秘密基地や極地の地下迷宮など、舞台装置の派手さもいつもどおり。

水中戦、海上戦、スノーモービル戦と、アクションのバラエティにも事欠きません。

冒険小説ファンの勘所をびしっと射抜く、いつものカッスラー節にしあがっております。

ぜひ、ご一読ください。


なお、〈NUMAファイル〉シリーズとカート・オースチンのファンの皆様、うれしいお知らせです。

実はこのシリーズだけ、中絶していた新潮文庫版から引き継いだこともあって、それなりの未訳作の巻数が残っていたりします(本作は2013年原書刊行)。

これは多少なりとも、巻き気味に進めて刊行ペースを速めて追いついていかないとなあ、

ということで、2021年度は、いまから半年後の2021年9月末と、ちょうど一年後の2022年の3月末の2回刊行で進めていきたいと考えております!

まずは次回作は『Ghost Ship』(2014)、

その次が『The Pharaoh's Secret』(2015)。

こちらも、ぜひご期待ください。(編集Y)








2021年4月28日 21:26 | | コメント(0)

3月1日発売の新刊は、サラ・ピンバラ著の『瞳の奥に』
ちょうど2月17日からNetflixで6話シリーズとして始まった、同名ドラマの原作にあたります。
本書発売当時、エンディングに驚いた読者のあいだで、「#WTFThatEnding(何あのエンディング)」というハッシュタグがSNS上で流行ったという逸話をもつ作品
海外ドラマファンのあいだでも、これはヤバいと話題が広がっているようです。

どれくらい衝撃的かというと、ゲラを読んだ、ふだんは無反応の販売部の若手部員Tが、興奮のあまりうわずった声で「こ、これ、傑作なんじゃないんですか?」とわざわざ連絡を入れてきてくれて、自らネットギャリーの先読みプロジェクトを立ち上げたあげく、勝手に「扶桑社は2021年、この本でこのミスに挑みます」とか書いた宣言文をnoteで公開し、編集者の知らないところで評論家諸氏にゲラを送ったりしだしたくらいには衝撃的なのです(ありがとう!Tくん)。

ひとりの人間をこれだけ衝き動かす作品なら、
あなたの心をも衝き動かすかもしれません。

編集者は「驚天動地」「未曾有」という文字を、高校時代に綾辻行人さんの新書帯で叩き込まれた世代ですが、ひさびさにその言葉にふさわしい本にめぐりあえた気がしています。

瞳の奥に 画像.jpg

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あらすじはこんな感じです。

ロンドンの精神科クリニックで秘書として働くルイーズは、新しいボスとなる医師デヴィッドを一目見て仰天する。

彼はその前夜にバーで会って意気投合し、キスまでしてしまった相手だったのだ。

二人はやがて一線を越え、関係を深めるが、ルイーズは彼の魅力的な妻アデルとも偶然知り合い、罪悪感にかられながらも友情関係を築いてゆく。

しかし、この夫婦にはどこかおかしなところがあって......

意想外の展開が読者を翻弄する驚天動地の心理スリラー。


正直、何を解説したところで、何かしらの予備知識を与えてしまうので、

まずはとにかく読んでみてくださいとしか申し上げられません。

振り返って考えれば、このネタは決して未知のものではないわけですが、たぶん取り合わせの妙なんでしょうね。警戒していても、そう簡単には察知できないような気がします。

まあ、あまり構えずに、「よくある『ゴーン・ガール』テイストの心理スリラー」くらいの感じで気楽に読んでいただければ。


スティーヴン・キングイアン・ランキンが絶賛し、ジョー・ヒル「巧緻なパズルボックスの如き小説。もっとも不気味なヒッチコック、もっとも容赦のないルース・レンデルにも比肩する、熟練の技で組み立てられたスリラー」と称した傑作。〈サンデー・タイムズ・カルチャー〉誌の「普通の〈予期せぬ結末〉とは訳が違う」という評もなかなかにいかしています。

サスペンス部分がみっちり長いので、多少読み疲れる方もいらっしゃるかもしれませんが、それにじゅうぶんに見合ったラストの衝撃をお約束します。

ドラマから先に入られた方も、細かな仕掛けや伏線、心理描写に関しては、圧倒的に原作のほうが情報量が多いので、ぜひ読み比べていただければ幸いです。

なお、前述の販売担当Tのnoteでは、すでにドラマとの比較記事が出ていますが(編集者より文章が読みやすいかもw)(こちら

ビビるくらいのネタバレ記事なので、必ずドラマ視聴後もしくは小説読了後にお読みください(笑)。


また、批評家さんの記事が出たり、書店さんからの感想がいただけましたら、こちらの編集者ブログか販売担当TのNoteにて、随時紹介していきたいと思います。


小説から読むか。ドラマから観るか。それはあなた次第。

そして、心からのお願いです。

結末は、決して誰にも明かさないでください。


(編集Y)







2021年2月27日 17:25 | | コメント(0)

全国の本格ミステリー・ファンの皆様、お待たせいたしました!
久々のレオ・ブルース。作品としては『ロープとリングの事件』(国書刊行会)に続く第6長篇ということになります。
タイトルはずばりシリーズ探偵の名を冠した、『ビーフ巡査部長のための事件』
今回は、旧訳も、親本も、私家版もない、完全新訳。
訳者はもちろん小林晋さんです。

ビーフ小.png


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あらすじはこんな感じです。

ケント州の「死者の森」で、頭部を銃で撃たれた死体が発見される。
地元警察が自殺として処理するつもりだと考えた被害者の妹は、
警察を退職して私立探偵を始めたビーフに事件の再調査を依頼する。
一方、その一年前、ウェリントン・チックルは一冊の日誌を書き始めた。
「私は殺人を実行する決心をした。......そして、ここが肝要な点なのだが、
――私には動機がないのだ」
『野獣死すべし』ばりの構成の妙とフェアプレイの精神で読者を魅了する、
英国本格の精華がここに登場!

いろいろ経緯があって、急遽出版が決まりまして、
大変な短時間で一気呵成に出版までこぎつけたこともあり、
あまり事前告知ができておりませんが、
こうやって、レオ・ブルースの新刊が出せて本当にうれしく思います。

今をさかのぼること60年以上前、現代推理小説全集にレオ・ブルースを採録しようと思った植草甚一さんが、『死の扉』(創元推理文庫)とこれを読み比べて、『死の扉』のほうを採ったというエピソードがありますが、まあ『死の扉』が傑作だからといって、こちらがつまらないということでもありますまい。
(むしろ、あのとき全集に採られなかったから、弊社は大手を振って十年留保で出版できるんだぜ!というのは出版界の身内にしかわからない小ネタです。すいません)

かつて『三人の名探偵のための事件』における解説で、真田啓介さんはレオ・ブルースを「英国余裕派」のひとりとして分類しておられました。すなわち、E・C・ベントリー、A・A・ミルン、ロナルド・ノックス、アントニー・バークリー、シリル・ヘアー、エドマンド・クリスピンといった作家に代表される、「遊び心が旺盛で、ゆとりと落ち着き、現実との適度の距離といったものをその作品に感じさせる作家の一群」に属するというわけですね。

彼らのひとつの傾向として、本格ミステリーの「型」であったり「お約束」であったりを、ミステリー実作の枠内で茶化したり、戯画化することで、逆説的に「本格ミステリーとは何か」というクリティカルな探求を行うということがあります。

本作『ビーフ巡査部長のための事件』(ビーフは退職していますが、全編を通じて巡査部長(サージェント)と呼ばれます)もまた、そういったたくらみと仕掛けに満ちた、実に愉快な本格ミステリーです。
第二章から第六章まで、殺人計画者の日記をまるまる掲載するという、『野獣死すべし』ばりの仕掛けからスタートしますが、一方で、警察とビーフの捜査からは数々の容疑者が浮かび上がります。果たして、これはいかなるギミックなのか?
ぜひ、レオ・ブルースの鮮やかな技をご堪能ください。

今回、解説をお願いした三門優祐さんは、イーヴリン・ウォーとレオ・ブルースの類似点と実際の交流について言及されたうえで(素晴らしい!と訳者の小林さん。実際、英国本格をきちんと語るためには、ウッドハウスやウォーも含めた、当時の膨大な「非ミステリー」の「余裕派」小説も視野に入れる必要があるのでしょうね)、レオ・ブルースが本作で狙った「真の意図」について、きわめて示唆的な分析を行っておられます。
読者の皆さんも、ラストまで読んで、真相がわかったうえでなお、考えてほしいのです。
「なぜ、本書はこのタイトルなのか」。


それから。
あまり大きな声ではいえませんが
扶桑社では現在、『レオ・ブルース短編全集』も仕込み中でございます。
ただの短編集じゃありませんよ。「全集」ですよ、「全集」!
本当は、こっちを先に出すつもりだったんですが(笑)......まあ、いろいろありまして。
無事に出版できた暁には、大変面白いいきさつがありましたんで、ぜひ聞いてやってください。
今は実現に向けて、水面下で頑張ります!(出なかったらごめんなさい......)
そんなわけで、本格ファンの皆様におかれましては、まずは『ビーフ巡査部長のための事件』のほうから、じっくりとお楽しみください!(編集Y)


(追記)
ここからは、明快なネタバレはしていないつもりですが、念のため読了後にお読みください。

三門さんの論考に、個人的見解も加味して補助線をもう少し引くなら、この小説は「ビーフ巡査部長のための事件」であることに徹底的にこだわった小説であると同時に、「事件に同行するワトスン役によって記述され、巷間に娯楽読み物として発売される探偵小説」という「体裁」にも執拗にこだわってみせた小説でもあります。

そもそも、ホームズ物にせよ、ポワロ物にせよ、ヴァン・ダイン物にせよ、神津恭介物にせよ、御手洗潔物にせよ、「記述者」がなんでだか事件に平然と同行して、ずかずか現場に入り込み、一言一句書き留めたうえ、探偵の活躍と関係者の恥をあろうことか「読み物」にして世に問うというのは、ふと常識に立ち返って考えてみれば、ずいぶんと異常で空想じみた設定であるとしかいいようがない。
ある意味「名探偵」以上に、「ワトスン」というのは、お約束とご都合に満ちた装置(=探偵小説という形式の根幹を支える愛すべきギミック)なわけです。

そこを、「名探偵」を筆頭に、幾多の「本格の約束事」を楽し気にいじってきたレオ・ブルースが見逃すはずがない。
本書は、いきなり「ワトスン役」が「引退宣言」をビーフにかますライトなコントで幕を開けます。
現役警察官に張り付いてその偉大な業績を世に紹介するという、かなり特異きわまる「仕事」が、なんだか当たり前の商売のように扱われ、それを辞めるの続けるのとやりとりされていること自体が、すでにギャグの領域です。で、ビーフはせっかく難事件を解決してきたのに、本が売れないのはお前の筆力が足りないからだみたいな不満をぶつけ、一方で筆記者であるタウンゼンドは、俺が紹介してやらなかったら、お前はただの駐在だったとか言い返していて、なかなかに楽しい。

思えば、『三人の名探偵のための事件』で一番個人的に面白かったのは、メインのトリック以上に、三人の自称名探偵が何の断りもなくずかずか現場に登場して三々五々勝手に捜査を始める冒頭のコントでした。
この「真顔でお約束をやることで、そのお約束のおかしさを可視化する」という仕掛けは、レオ・ブルースの十八番といってもいいものです。

で、この「起きた事件を娯楽小説として書くこと」、それから「書いたものをミステリーとして読む人間がいること」という、本格ミステリーにおけるフィクショナルな約束事は、本作を通じてさまざまな形で強調され続けます。

ビーフは常に自らの「世評」と「知名度」を意識し続け(これは三門さんの論点ともかかわります)、タウンゼンドが面白く書くには都合のいい証言だとか、都合のいい展開だといった言及を繰り返します。
要するに、ビーフはここで事件を捜査し、解決するだけではない。
「それを後で読む読者」のことも考えながら、「読み物としての仕上がりを気にしつつ」捜査しているのです。

「殺人計画日記」という本書を特徴づける仕掛けにしても、おそらくならば、「書き手と読み手」という著者の問題意識の延長上で発想されたものだととらえるべきでしょうし、ラストのビーフのセリフも、単なるトリックの新手というよりは、まさに今語っている文脈でこそ生きてくる、なかなかに気の利いたジョークだといえるでしょう。

すなわち、「探偵小説」という架空の枠組み(行動に対して読者がいる)が、そのなかで生きる登場人物に影響を与え、ミステリー小説に登場するキャラクターであることにそれぞれが自覚的であるがゆえに、この事件は生まれ、複雑化し、解決篇を要求するにいたった、ともいえるわけです。

僕はこの小説で一番どきっとしたのは、実はビーフが謎の解明に至る「きっかけ」(p311、第28章冒頭)に関する記述でした。
「えええええ、それいっちゃうんだ??(笑)」
横溝正史の某作における指摘を想起させつつも、当事者性が強いがゆえにより逆説めいた、この素っ頓狂なロジックこそは、本作の実は「キモ」であり、真骨頂でもある、というのが編集者の意見です。









2021年2月 3日 13:44 | | コメント(0)

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