森泉さんが亡くなられたことを知って、最初に思ったのは、なんとか『蜘蛛の迷路』(と森泉さんは『女郎ぐも』のことを呼んでいました)を出版できないか、ということでした。
おそらくなら、9割がた、いやほぼ完成した状態の訳稿があるはずなのです。
森泉さんが、最後のときを懸けて心血をそそいだ、「ピカピカの新訳」が。
大家さんに教えてもらったご遺族の方に、原稿、あるいはフロッピイでそれらしきものがあれば、ぜひ探してみて欲しいと電話でお願いし、その日は帰宅しました。

しかし、結局、原稿は発見されませんでした。業者の方が入って遺品整理が行われたようですが、よくわからなかったとのこと。今にして思えば、ワープロをそのまま譲り受ければ良かったのかも、と思ったりもします。そもそも、もっと早く連絡を取っていれば……。後悔の念がわが身をさいなみます。
その後、同窓生の方からご連絡をいただき、早稲田の一文では眉目秀麗な才女として、みんなのアイドルでいらっしゃったというお話をうかがいました。僕のほうからは、これまでの経緯をお話させていただきました。

森泉玲子さんは、たった1冊の訳本を遺して、世を去りました。
だから、この本は、森泉さんが生きた証でもあります。
今、この時代にクェンティンが読めるのは、クェンティンを愛したひとりのご婦人の尽力があったからなのです。

今、僕の手元には、森泉さんが試訳として送ってくださった『蜘蛛の迷路』の7章と8章だけが、クリアファイルに入れて保管されています。(Y)

2007年3月16日 20:57

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