アーヴィング・ウォーレスの話が出たついでに、ちょっとくやしい昔話を。

 話は、2008年にさかのぼります。
 アメリカ大統領選挙において、バラク・オバマの勝利が現実味を帯びてきたころ、アーヴィング・ウォーレスのある小説を思いだしました。
『ザ・マン ~アメリカ黒人大統領の誕生/裁かれるアメリカ黒人大統領』です。

 これは、1964年に発表され、大ベストセラー作家としてのウォーレスの地位を確立した超大作です(早川書房版は、2段組の単行本2分冊で、合計1000ページ)。副題にあるとおり、アメリカで黒人大統領が誕生するという設定の小説。
 これをいま復刊すればおもしろいかも、と思いついたわけです。
 扶桑社海外文庫はウォーレスとの関係が深く、『ドクターより愛をこめて』というロングセラーがあり、『イエスの古文書』の復刊は累計15万部近くを売り、『聖母マリア再臨の日』も出していましたから、会社もNoとは言うまいという計算もありました。

『ザ・マン』の発表年にご注目ください。
 1964年――ということは、ケネディが暗殺された翌年です(ウォーレスは、ケネディ亡きあとのオーヴァル・オフィスを取材したそうです)。キング牧師がノーベル平和賞を受賞した年でもあり、公民権運動がようやく成果をあげはじめた時期です。
 そんなころに、ウォーレスは黒人大統領の小説を書いていたわけです。

 ストーリーは、こんな感じ。
 アメリカ大統領が、外遊先で事故死。副大統領はしばらく前に死去し、下院議長もちょうどその日に病死したため、憲法の規定によって、大統領の座は上院議長へ。
 そのとき、上院は臨時議長を置いていて、それが黒人議員のディルマンでした。彼は政治的な思惑から担ぎだされたにすぎなかったのですが、まさかの大統領に就任。これには、白人政治家たちが猛反発します。
 ディルマン大統領には、つぎつぎと問題が降りかかります。
 ブラック・パンサーを思わせる黒人過激派による判事誘拐事件。黒人救済法案の処遇。アフリカの小国をめぐるソ連との衝突。さらに、ディルマンの息子が黒人過激派組織にかかわったり、愛しあっていた女性(ディルマンは寡夫)の勤務先が東側の諜報機関だったりと、私生活にも暗雲が。ついには、ディルマンの暗殺未遂まで起こります。
 後半の物語は、野心的な政敵によるディルマン弾劾裁判が展開。ディルマンを悩ませていた個々の問題がすべてよりあわされ、大統領への徹底的な攻撃に転化していきます。
 ディルマン側の弁論によって、これらのすべてが根深い黒人差別にもとづくものだということが明らかにされていくあたりは圧巻。はたして評決は...?

 執筆時には公民権法が確立していないので、作中の黒人差別ははげしいものですが、読んでいて古さを感じさせないのは、ウォーレスのストーリーテリングの威力でしょう。
 黒人大統領ディルマンが、人間的に苦悩しながらも、アメリカン・ウェイの理想をつらぬいていく姿は感動的。膨大な脇役たちまでがすばらしいドラマを背負い、この作家の圧倒的な手腕を堪能できます。

 ということで、オバマ当選が決まり次第、権利を取得して緊急出版を、と思っていたのですが、しかし、うまくいかなかったのでした...

 それは、『イエスの古文書』のトラブルのせいでした。

 お恥ずかしいことに、売れ行きの報告と印税の支払いが滞っていたのです。
 そんなわけで、問題を処理するのに時間を取られ、けっきょくタイミングを逸してしまったのです。
 なんともみっともない話です。

 もちろん、じっさいに出版したとして、売れたかどうかはわかりませんが、それでもこんな企画をやる機会は、もうめぐってこないでしょう。
 そう思うと、いまもちょっとくやしいのです。
 なにより、現代でも読まれるべき小説に思えましたから。

2010年12月17日 14:31

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