2011年08月27日
【新刊案内】

四つのペンネーム


8月刊の新刊、ポール・ギャリスン『死の航海』、もうお読みいただけましたでしょうか。
前のエントリーでもご紹介いたしましたとおり、ポール・ギャリスンというのは、有名作家ジャスティン・スコットの別名義です。
この作家さん、コメント欄で木村二郎さんがご紹介くださったとおり、J. S. ブレイザー 名義でも若いころコミック・ミステリーを発表しています。さらには、アレクサンダー・コールというペンネームもあったり。

ペンネームを使い分けるミステリー作家は、欧米には結構ふつうにおりまして、それこそカーやクェンティン、ガードナーから、エドマク、プロンジーニ、ウェストレイクにいたるまで、多士済々です。
(これがロマンス・ジャンルになると、もう猫も杓子も複数名義を使い分けている状況でして、原書を渉猟していても、ときどき誰が誰やらわからなくなってくるのですが……笑)。
使い分ける理由も、シリーズやジャンルに合わせてだったり、版元で変えてみたりなど、いろいろあるわけですが、さてギャリスンの場合はどうなのでしょうか。

実は、本人のHPに、Why A Pen Name? というコーナーがありまして、こまごまとこれまでの名義変遷の経緯を紹介しており、なかなかに興味深かったりします(英語ですがこちら)。

そこでせっかくなので、HPの内容を簡単にご紹介しておこうかと思います。
この内容を手掛かりにすれば、ジャスティン・スコット個人の問題にとどまらず、欧米における「複数名義」性の背景、ひいては、出版文化そのもののあり方がなんとなく見えてくるのでは、と思うからです。



スコットが小説を書き出したころ、ペンネームの複数使用は、もっぱら「多作家」とみられないための方便だったといいます。当時、多作(早書き)であることは、金のためのやっつけ仕事と同義にとられたわけです。

作家になって一年目、まだ若く筆力に富んでいたスコットは、四作の小説を執筆します。
そのうちの三冊目が出版エージェントの目にとまることになり、スコットは合わせて四冊目の原稿も手渡します。ところがエージェントがいうには、「一年に一冊ハードカバーを出すのが、適切でそれらしいペースなんだよ」と。
スコットは思います。「オレは次の本が出るまで、丸一年待たなきゃならんのか?」
そんな彼に、エージェントは別の出版社を探せばいいんだと言い、彼のミドルネームを訊いてきました。こうして一人目のペンネーム、J. S. ブレイザー は誕生しました。
結果、その年のMWAの新人長編賞部門になんと、ジャスティン・スコットの第一作『Many Happy Returns』と、J. S. ブレイザー の第一作『Deal Me Out』の双方がノミネートされてしまい、スコットにとっては嬉しくも困ったことになってしまうわけですが……(結局本人名義の方がノミネートされました)。

一方、角川文庫で邦訳も出た『ペンドラゴン・オークション』は、もともとアレクサンダー・コール名義で発表されたものです。友人の与太話からタイトル先行で決まった企画で、ペーパーバック・オリジナルとして出せば、今までないくらい稼がせてやるぞとの代理人の言葉を受けて、スコットが執筆することに相成ったのでした。

ただし、このときも条件がありました。ペンネームで執筆することが要請されたのです。
理由は、「作家にとって、早く書き過ぎる以上に最悪なことがひとつだけある。それは、すでにハードカバーの市場で地歩を固めてる作家が、ペーパーバック・オリジナルを書くことなんだ」とのこと。
そこでスコットは、やはり作家として著名で複数のペンネームを使い分けていた父の名前から一つを借りて、アレクサンダー・コールとして、このペーパーバック作品を発表したのでした(のちに本書は、『The Auction』のタイトルのもと、ジャスティン・スコット名義のハードカバーとして再刊されることに……笑)。

その後、スコットは海洋冒険小説を何作か執筆することになりますが、ベン・アボットシリーズ(扶桑社で昔、二冊だけ紹介されていた探偵もの)が大ヒットを記録してから、ようすが変わります。

あるとき、また海洋冒険小説を書きたいというスコットに、代理人のヘンリーが持ちかけます。
「ペンネームを使うってのは、どうかね」
スコット「え、なんで? オレ、もう早書きしてないし、これペーパーバック・オリジナルでもないぞ?」
ヘンリー「君はもう、ミステリー作家として有名になっちゃったし、版元もハリウッドも君のことはミステリー作家と思ってるんだよ。でも、それだけじゃない。世界は変わったんだ。今出版は大変な時期を迎えているんだ」
大手出版社が、出版不況のなか、いかに利益追求と失敗回避の方向で動いているかを力説したヘンリーは、誰も知らない、まだ失敗したことのない(出版社に損をさせたことのない)、大型新人登場の重要性を説くのです。

「ああ、なるほど」
こうして、まだミステリー小説を書いたことも、ペーパーバック・オリジナルを書いたことも、誰ひとりとして損をさせたこともない、驚異の新人としてポール・ギャリスンは誕生したのでした。

その後、第一作『Fire and Ice』の大成功によって、ギャリスン名義の作品は五作が生みだされることになり、スコットは忙殺されます。本人名義のベン・アボット・シリーズを書く時間がなく、ジャスティン・スコット死亡説までがまことしやかに流れたそうで(笑)。
結局、彼はギャリスン名義の正体を封印したまま、『MacMansion』でベン・アボットものに復帰。
しかし、版元から送られてきた見本本の「その他の著者作品」のページを見て、彼は突如、切ない思いに囚われるのでした。ポールが恋しい、と。

「もうペンネームはじゅうぶん。秘密もじゅうぶんだよ」

記事の最後は、ペンネーム四人の連名でしめくくられています。

と、簡単にご紹介してみましたが、なんだか、日本と異なる向こうの出版事情(発刊ペース、出版形態のヒエラルキー、エージェントの権限など)が垣間見えて、面白いですよね。(編集Y)

投稿者mystery: 12:18

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