2013年03月09日
【編集部日記】

ユーモア小説としてのヴァン・ダイン


創元推理文庫から、新訳版『ベンスン殺人事件』が好評発売中!!
皆さん、ぜひ買ってくださいね!!

というわけで、「ヴァン・ダインを読もう」企画の続きでございます。

昔から、なんとなく納得のいかないこと。
それは、ホントに読んだかどうだか分からないような人たち(高名評論家含む)が、
やたら悪しざまにヴァン・ダインをディスってる例が
あまりにも多いということでした。

曰く、
●ヴァン・ダインの小説はペダンティック(衒学的)で、頭でっかちである。

●ヴァン・ダインの小説は形容詞がオーバーで、やたら煽る割にネタはしょぼい。

●ファイロ・ヴァンスは大して推理もできないくせにえらそうである。

●得てして、ヴァン・ダインの小説は、無駄にシリアスで面白みにかける。

●ヴァン・ダインは妙な「二十則」とかつくって、しかも自分で破っている。

●ヴァン・ダインは自分で「ひとりで書ける傑作はせいぜい半ダース」とか言って、
 それを自ら実証した。


まあ、首肯せざるを得ない部分もないわけじゃないし(笑)、
擁護しきれない部分もなくはないんですが・・・・・(とくに最後のやつ)

みんな、ほんとにそれ、ちゃんと読んで言ってるのかな?
何かにそう書いてあったから、先入観で思い込んでるだけじゃないの?
そう思ったりもするわけです。

なぜなら、少なくとも初期六作を読むとき(後期六作についての擁護論はまたいずれ)、
編集者はいつも、声をあげて大笑いしてしまうからです。

ファイロ・ヴァンスものって、基本かけあい漫才なんですよ!
ヴァンスとマーカムの。

もしくはヒースも含めたコントだったりもしますが。
信じられないっていうなら、とにかく読んでみてほしいんです。
そのへんが、今回の主眼であります。
猛烈に独断と偏見に満ちた見解なので、くれぐれも気を悪くされませんように・・・・。



勘の悪い人が、ヴァン・ダインの小説を読んで「生真面目で大仰」とかテキトーな印象を語るのは、書きっぷり自体は大いに鹿爪らしく、真剣にみえるからかもしれません。

しかし心ある人が読めば、本シリーズが周到に用意された「笑い」に支配されていて、
著者本人の言動も含めた多くの「噓」や「誇大妄想」や「スノビズム」や「ペダンティズム」が、ある種の含羞と韜晦に満ちたジョークであることに気づかれることでしょう。

ファイロ・ヴァンスという探偵が、いけすかないスノッブであり、
知識を鼻にかけた貴族気取りの男であるのは、確かにそのとおり。

だって、著者が、そう思われるようにわざと描写しているのですから。

ヴァンスって探偵は、明らかに変人でKYであまり社会に適合できていない人物として、もともとキャラ設定され、かつその方向で魅力的に描かれています。
作中人物からも、明らかにそういうやつとして、かなり生ぬるく扱われてる(笑)。

出てくるときから、「ふふ、マ〜カムくん、まだ平民の起きる時間だよ」とかのたまってて、
どうでもいい壺とか犬の交配とかのウンチクを語り出したら自分でも止められず、
挙句それがどう事件と関係あるんだと問われれば、「ふむ、そこが自分にもとんとわからないんだよ」とか真顔でおっしゃられる始末。
逆に夢中でベラベラしゃべってて、マーカムに「黙れ」とか「うるさい」とか「彼のことはほっときましょう」とか、結構な扱いを受けるシーンも頻発します。
冷笑的かと思いきや、突如興奮しだすシーンもしばしば。意外とナイーブなんですね。
事件が解決できないと、むくれていったんお家に帰っちゃったりするのにもびっくりします。さらには事件を解決すると、こいつマジで「最初からわかってたんだよ」とか言うんですよ(笑)。負けず嫌いなんですね。でも、さりげに落ち込んでたりもする。
愛すべき人間なんですよ、ファイロ・ヴァンスって男は。

要するに、ヴァンスの言動は、はなから「ツッコミ待ち」なんですね。
ファイロ・ヴァンスは、「笑わないボケ役」。
そこに、常識人のマーカムと、血気盛んな子分体質のヒースがツッコミをいれまくる。
で、内心こいつマジうぜえと思いつつも、意外と義理堅かったり、
快刀乱麻で事件を解決したり、友情に厚かったりするものだから、
マーカムやヒースも基本ヴァンスが大好き。
ヴァンスもツンデレだけど、マーカムとヒースにじつは激ラブなんですよ。

こういうヴァンスのありようには、作者ヴァン・ダインの強烈な英・欧文化への憧れと、それを素直に表し得ない彼独特の含羞がにじみ出ています。
当時、文化後発国と思われていた国アメリカで高踏的な美術評論を行いながら、常に焼けつくようなヨーロッパ文化への渇望に身をこがしていたウィラード・ハンティントン・ライトという屈折したインテリ。彼がヴァン・ダインとして創造した探偵もまた、徹底的なヨーロッパかぶれ、貴族かぶれの御仁でした。
ヴァン・ダインは、そんなヴァンスをじつは心底かっこいいと思っている。
でも、それをかっこいいと思っている自分が恥ずかしいという思いもある。
著者のアンビバレントな感情が、ファイロ・ヴァンスのシリアスだがどこかコミカルな扱いには刻印されています。

そもそも、ヴァンスの貴族(風)探偵というキャラ付けは、ドロシー・セイヤーズのウィムジイ卿あたりを正統に引き継いでいると考えていいでしょう。
でもウィムジイの常識的な言動とヴァンスの奇矯さは、むしろ対極に位置します。ヴァンスの興奮しやすく空気の読めない碩学の天才ぶり、ムカつくけどどこか憎めない変人っぷりは、むしろホームズを強く意識していると見たほうがいい(ポアロは奇矯な振る舞いもしますが、もうすこしまともです)。
ヨーロッパを愛してやまないヴァン・ダインは、本格ミステリー受容においても、徹底した作品研究をもとに、ヨーロッパ的な探偵像の二潮流を合一してみせたのです。

物語構造自体も、ホームズやポアロを意識した「掛け合い」になっているのは自明なのですが、それ以上に、たとえばウッドハウスやイーヴリン・ウォーのような、伝統的なイギリス・ユーモア文学の血脈を引き継ごうとの意識もほのみえます。執事やら寄宿学校やらの道具立て以上に、真顔で小ネタを飛ばしまくるノリというのが、まさに「英国風」。
「そういうものだと思って」読みなおしていただければ、いかにヴァンスというキャラが、「あえて」大仰に設えられ戯画化された成り上がり像かがわかっていただけるはず。
ファイロ・ヴァンスの異様な肩書き量と、只ならぬ得意ジャンルの広さと、超人っぷりと、持ち上げられっぷりは、すべて「ネタ」(ただし若干マジ)なのです。
やたらウンチクがはいってくるのも、本格ミステリーとしては異形との印象もあるかもしれませんが、教養小説とか啓蒙小説の類にまで視野を広げれば、物語の合間あいまに、脱線しては関係ないウンチクが延々展開される小説など、16世紀〜19世紀のヨーロッパ文学には腐るほど例があるわけです。
教養豊かなヨーロッパ愛好家であるヴァン・ダインは、強い矜持と対抗心をもってニューヨークの地に、ポーに発しながらも大西洋の向こうで発展を見せた「本格ミステリー」を再移入するに際して、あらゆる「あちらの」小説のエッセンスをつぎ込んでみせたのでした。
その「情報過多」を「笑い」へと転化するひねくれた韜晦癖も含めて・・・・・。

ヴァン・ダインの韜晦癖は、巧みに噓が盛り込まれた半生記「半円を描く」にも、やたら揶揄されることが多いツッコミどころ満載の「二十則」にも、見て取れます。

みんな、あれ、まさかマジで書いてるとか思ってないでしょうね?
ネタに決まってるじゃないですか!!

もちろん、伝記で明らかにされた彼の陰の部分を否定するつもりはありません。
でもね、あれだけミステリーの中で「ヨーロッパかぶれの変人」を客体化して描けた人が、あんなデタラメな規則とか伝記とか、素面で書いてるわけがない。
「二十則」は基本的には「ノックスの十戒」と一緒で、どうでもいいことを真顔で「規則化してみせる」というネタを面白がってやってるだけなのです。いわば「鼻行類」みたいなもの。それを生真面目な人間が真に受けるから、ヴァン・ダイン評価というのは歪められてゆくのです。
自らのプロフィールを適当に創作し、オーバーに「盛って」みせるのも、英国風のユーモアとしてはむしろ王道だと思いませんか?

なんにせよ、ファイロ・ヴァンス物が、堅苦しくてペダンティックで古臭いと思いこんでいる皆様。ぜひ、先入観を捨てて読んでみて下さい。
ファイロ・ヴァンスは、間違いなくホームズやヴァン・ドゥーゼン教授の衣鉢を継ぐ「愛すべきアスペ系」です。一挙手一投足が、まさにウザかわいい
奇矯な探偵を愛でる萌えカルチャーの継承者であり、中興の祖、そして、颯爽たるいじられキャラ。きっと御手洗物とか西尾維新とか好きな人なら、結構楽しめると思うんですよね。

その他、クイーンに先駆けてパズラー作家として示した革新性とか、
「捜査形式の本格」の「型」を一代で完成させた功績の大きさとか、
クイーンやカーの初期作に顕著な、ヴァン・ダインからの直接的影響とか、
日本の作家への多大な影響とか(浜尾四郎や小栗虫太郎にとどまらず、横溝正史、高木彬光から笠井、島田に至るまで枚挙に暇がない)、語りたいことは山ほどあるわけですが、すでにみなさんかなりドン引きしてることかと思いますので、このへんでやめておきたいと思います。

ただ、日本でなんだかんだいって、ヴァン・ダインが読みつがれてきたのって、横溝と同じとても切実な問題……西欧土着の文化への憧憬と対抗心、それを移入する苦しみを経験した「同志」としての共感があるような気がするんですよね・・・・その辺のお話はまたいつか触れられれば、と思います。ともあれ・・・・みんな東京創元文庫の『ベンスン殺人事件』を買ってね!!(編集Y)

投稿者mystery: 22:18

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