2014年5月アーカイブ

これまで、ジョン・コリア篇、チャールズ・ボーモント篇と、

お届けしてまいりました、井上雅彦氏が贈る傑作短篇集シリーズ

『予期せぬ結末』第三弾。

いよいよ、満を持してのロバート・ブロックの登場です。

タイトルは、『予期せぬ結末3 ハリウッドの恐怖』。

某翻訳者さんと最後までぎりぎりのゲラのやりとりをやってまして(笑)

いやあ、一時期は予告どおりの発売はほんとにもうだめかと思いましたが、

なんとか奇跡的に6月頭にお届けできました・・・・。わーい。

 

予期せぬ3小.jpg

 

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たとえ、ロバート・ブロックの名前は知らなくとも、

ヒッチコック監督の『サイコ』はきっとご存じのことだと思います。

ブロックは、その原作者であり、のちに世間を席捲する異常心理ものは

彼こそが、その創始者といってよいでしょう。

キャリアを、ラヴクラフトとの交流を通じてクトゥルー神話の書き手として始め、

長篇を26作、短篇を300以上遺したうえ、映画やTVなど映像畑でも活躍し、

自身で多くの脚本も手がけたマルチな作家だったブロック。

ただ、あとがきで、植草昌実氏が引用しておられるように、

わが敬愛してやまない故・瀬戸川猛資氏は、ブロックについて、

「わたし自身はブロックの短編恐怖小説が好きだ。

おもしろくて怖くて、仕掛けがあって、そのくせどこかユーモラスな味がある」

と語っています。

 

そう、ブロックの短篇はとにかく面白い。

寓話的で綺想に富んだいじわるおやじのジョン・コリアや、

端正で彫琢された天性の語り部ボーモントとはまたひと味ちがった、

若干通俗的ではあっても、ジャンルを知悉した、本物の職人芸。

ブラックな笑いと遊技精神、そして人の「恐怖」を察知する鋭敏な嗅覚。

編集者など、その多彩さと技巧性からいえば、

彼ほどに「らしい」"異色"短篇作家もいないだろう、と思うわけです。

 

それから、「映画・TV」と「異色短編」のクロスオーバーに焦点をあててきた

本シリーズに、じつはブロックほどふさわしい人物もありません。

彼は、上記のように幾多の原作を「ヒッチコック劇場」などに

提供し、みずから脚本も手がけたわけですが、

彼にとって、ハリウッドの内幕や映画製作の場は、「作品のテーマ」としても

たいへん重要なものでした。

ブロックは、ひとつのジャンルを成すといっていいほど

たくさんの「ハリウッドもの」を手がけています。

彼こそは、映画を愛し、小説を愛し、そのはざまで

両ジャンルをつなぐ作品群をものしてきた作家の代表選手なのです。

そのあたりの経緯は、井上雅彦氏の編集序文と植草昌実氏の解説に

詳しいので、ぜひお読みになってください。

 

掲載作は以下のとおり。

今回も、未訳作品、もしくは雑誌掲載/アンソロジー掲載のまま

個人集未収録の作品だけにしぼったラインナップとなっています。

 

「殺人演技理論」柿沼瑛子訳
「奇術師」植草昌実訳
「マント」植草昌実訳
「プロットが肝心」伊藤典夫訳
「クローゼットに骸骨」植草昌実訳
「殺人万華鏡」伊藤典夫訳
「ハリウッドの恐怖」柿沼瑛子訳
「牧神の護符」植草昌実訳
「心変わり」伊藤典夫訳
「弔花」田村美佐子訳
「影にあたえし唇は」植草昌実訳
「ムーヴィー・ピープル」伊藤典夫訳

 

いずれ劣らぬ傑作ぞろいですが、個人的には、

殺人とトリックを扱ったバリバリのミステリーで、いまだ未訳だった二篇

奇術師」と「クローゼットに骸骨」をご紹介できて、とても嬉しく思っています。

(ちなみに、既訳のある「骸骨狂想曲」とはべつの作品です。為念)

それから、伊藤典夫訳ながら雑誌掲載のままほぼ幻の作品と化していた、

ショートショートのミステリー詰め合わせ「殺人万華鏡」(旧題「恐怖の芸術」)も

垂涎の逸品。マニアならご存じの「あのトリック」が登場します・・・。

その他、〈ハリウッドもの〉として、表題作「ハリウッドの恐怖」ほか、傾向の異なる数篇を収録。

ブロックがアーサー・マッケンみたいなテーマに挑む新紹介の「牧神の護符

じわりと心に染み入る、ジェントルでノスタルジックなファンタジー「弔花」など、

各ジャンルのバラエティ豊かな名篇12本を厳選。

 

昔からのブロックのファンも、オチのある短篇がお好きな方も、

SFファンも、ミステリーファンも、ホラーファンも、

行き帰りの電車でちょっと読める気楽で楽しい本を探している方も、

皆さま、ぜひ本書をお読みいただければと思います。

ご安心ください。決して損はさせませんから・・・・。(編集Y)

 

2014年5月31日 20:36 | | コメント(0)

リッジウェイ小.jpg

 

 

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ミステリー・ファンの皆様、もうリチャード・ニーリィ『リッジウェイ家の女』はお読みいただけたでしょうか。

早川さんや創元さんとちがい、弊社などでクラシックを出してもなかなか気づいていただけない部分もあるかと存じますが、ちゃんと全国書店にて好評発売中です! 

 

さっそくですが!!

野崎六助氏が、日経新聞の書評欄にて取り上げてくださいました!

 

懐かしい名前の再来だ。サプライズ・エンディングの神様。最盛期の未訳作が、ついに日の目をみた。(中略)掘り出す値打ち充分のニーリィ節。あなたの「善悪」度をはかるには絶好の一冊だ。

 

全文はこちら

 

本当にありがとうございます!

 

リチャード・ニーリィ。

とある年代の人間にとっては、こたえられないあまやかな魅力をはなつ名前。

「サプライズ・エンディングの天才」「騙りの魔術師」。

その人物像や、作品の位置付けは、巻末の仁賀克雄氏による訳者あとがきと、ニーリィに私淑し、「私の師匠というべき存在」と愛をかたってやまない折原一氏の解説に詳しいので、そちらをご参照ください。とくに、本書の刊行によって、初めてニーリィの基礎的な作家データを皆様にご提供できたのではないかと、ひそかに自負しております。

 

編集者にとっても、青春時代に『心ひき裂かれて』『殺人症候群』『オイディプスの報酬』といった傑作群に触れたさいの記憶は、いまでも鮮烈に残っています。『仮面の情事』も、この手のジャンルの古典といっていい作品でしょう。

その後、日本では、綾辻行人氏や折原一氏といった、この手のネタを得意とする作家が多数登場し、作品としても某メフィスト賞の殺人鬼ものとか、歌野晶午氏の某作とか、最近驚異の復活劇を遂げた某ベストセラー恋愛小説など、技巧の粋をきわめたサプライズ・エンディングの傑作がぞくぞく登場。

ジャンルはさらなる深化のきざしを見せています。

 

そんななか、いまその原点といってもいいニーリィ作品にあらためて向き合ってみるというのも、乙なものではないでしょうか。

しょうじき、1975年の作品ですから、すこし古く感じる方もいるかもしれません。

「ああなんとなくわかっちゃった」とか、「俺ならこうしたのに」と思われる読者の方もきっといることでしょう。

それでも、ジャンルの基本にのっとった美しい「業」の所作・・・「構築・反転」の華麗なる美学は、たとえ古めかしくとも、こたえられないノスタルジィを喚起し、最上のひとときを味わわせてくれるはずです。

 

どう紹介しても中身に直結してしまいますし、できれば、あまり構えずに読んでほしいので多言はしません。

 

また、あまりミステリーの枠にはとらわれず、少し時代がかった恋愛サスペンスとして読んでいただいても、充分楽しめる作品だと考えております。あまりマニアックなものはなあ、という女性読者のかたにこそ、ぜひおすすめしたい作品でございます。 

 

しいてミステリー的な見地から言えば、マニアの皆様が「ニーリィ」といって想起する芸風とはちょっとズレたタイプの仕掛けを有する、どちらかといえば、オーソドックスな舞台劇系のミステリーものに近い作風と申し上げればよいでしょうか。(ロベールなんとかとか、ごにょごにょ)

 

それと、日本でのニーリィ理解は、どうしてもフレッド・カサックやバリンジャーなどと合わせて「サプライズ・エンディングの巨匠」として扱われることが多いですし、ご紹介する側としてもその流れにのるしかないのですが・・・・

 

編集者は、ニーリィという作家は、本来、「遅れてきたニューロティック・スリラーの鬼才」と呼ぶべき人物であり、ヘレン・マクロイマーガレット・ミラーといった、50~60年代に活躍したポスト・アイリッシュのアメリカ作家たちの系譜を継ぐ存在として、再評価すべきだと考えております。

 

「サプライズ・エンディング」という「技法」も、おそらくもともとは、このジャンルが呼び込んだ副次的で定式的なクリシェであったはずで、その理解のもと「リッジウェイ家の女」を改めて読みこめば、また違う観点からの作品のありようが見えてくるのではないかと・・・・

 

とまあ、その辺はまた、機会があればじっくりと考察してみたいところですが、とにかくこの手の作品は、未読の方へのご紹介を兼ねる場合、扱い方がほんとうに難しくて(笑)。

 

まずは、もうとにかく読んでみてくださいとしか!

 

久方ぶりの邦訳となった、伝説の作家リチャード・ニーリィによる、極上の味わいと芳醇な香りをはなつ佳品。ぜひ、お手にとっていただけると幸いです。(編集Y)

 

 

2014年5月23日 22:31 | | コメント(0)

 以前、ミステリー小説の探偵たちの年齢について、ご紹介しました(その1その2)。

 長期にわたって書きつづけられる人気シリーズにおいては、主人公が年をとるという問題が出てくるわけですが、作家によってその対処法もさまざま、という事情を紹介した記事です。

 

 この名探偵の年齢問題について、マックス・アラン・コリンズが書いていたので、ちょっとご紹介。

  http://www.huffingtonpost.com/max-allan-collins/the-case-of-the-aging-sle_b_5352470.html

 

 E・S・ガードナーのペリイ・メイスン・シリーズにおいては、主人公もデラ・ストリートもポール・ドレイクもみな年をとらないのですが、さらに外の世界も変わらないとのこと。

 つまり、舞台となるロサンゼルスの街も、ほぼ歴史的な変化が描かれないのです。

 これについてコリンズは、自分の作品をいつまでも読んでほしいと思ったガードナーが、あえて時代性を排除して書いたためだと指摘します(その甲斐あって、いまでも本国ではメイスンは読まれつづけています)。

 

 かたや、レックス・スタウトのネロ・ウルフのシリーズは、主人公たちは変わらないものの、執筆時の時代背景が取りこまれています。

 スタウトが書きはじめたのは、1930年代の禁酒法が廃止された頃。その後、J・エドガー・フーヴァーの時代を経て、後期の作品ではヴェトナム戦争やウォーターゲート事件にも言及があるそうです。

 

 しかし、こうなると作品のリアリティに関わってきますね。

 もちろん、その1作1作においてはじゅうぶん完結しているわけですが、シリーズ全体として見ると、不思議なことになってきます。

 

※そういえば以前、原尞氏が、携帯電話を持った沢崎がイメージできず、そのためいま書こうとするとリアリティがたもてないと語っていたのを思いだします。

 

 コリンズとは関係浅からぬミッキー・スピレーンの場合は、やや変化球です。

 マイク・ハマーは第二次大戦の帰還兵という設定ですが、とくに年齢については言及されません。しかし、年を経るごとにハマーの弱さについて語られるようになり、これが老いのメタファーになっているといいます。

 たとえば、長いブランクのあと発表された『ガールハンター』では7年間も酒びたりだったことが明かされます。また、90年代の作品や、死後に発表された長編では、ハマーが瀕死の重傷から復帰するという形で弱さが描かれるのだそうです。

 なお、スピレーンの草稿をコリンズ自身が補綴した最新作では、ハマーとチェンバーズが引退を目前にしていて、自分たちが若い頃に出会った事件に直面することになるとのこと。

 

 では、コリンズ自身の場合はどうでしょうか。

 彼のメイン・シリーズであるネイサン・ヘラーものは、歴史ミステリーとしての側面が強いため、年齢は避けて通れません。

『シカゴ探偵物語』(本文庫)で、アル・カポネ時代のシカゴに登場したネイト・ヘラーは、27歳という設定だったそうです。

 それが、近作の通称「ケネディ3部作」では、ヘラーは60代はじめ。

 しかしながら、この作品で、ヘラーは「自分が死ぬまで、この事件の記録は出版してはならない」と語っているのだそうです。

 その原稿がこうして読めるということは、ヘラーが死んだことを意味するではないか!

 ということで、コリンズが驚くほど多くの読者が、ヘラーの死を悼んだそうです。

2014年5月20日 13:37 | | コメント(0)

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