20198月、先日の『シンプル・プラン』に続きまして、扶桑社ミステリーからもうひとつ、復刊作品が誕生しました。

ジム・トンプスンの『ポップ1280』 です!


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2001年版の『このミステリーがすごい!』海外部門で1位を獲得した、ノワールの帝王ジム・トンプスンの傑作のひとつです。 

ポッツヴィル、人口1280。この田舎町の保安官ニックには、心配事が多すぎる。考えに考えた結果、自分にはどうすればいいか皆目見当がつかない、という結論を得た。口うるさい妻、うすばかのその弟、秘密の愛人、昔の婚約者、保安官選挙...だが、目下の問題は、町の売春宿の悪党どもだ。思いきった手を打って、今の地位を安泰なものにしなければならない──

 

フランス文学者の中条省平さんには、この作品について

 

「トンプスンの最高傑作は他とは別格で、ハメットの『赤い収穫』と比較されるべき犯罪文学の金字塔。この魂の荒涼が吐きつける言葉に震撼させられずしてハードボイルドのなんたるかはとうてい語れまい」

 

という熱量たっぷりの評をいただいております! 「魂の荒涼が吐きつける言葉」。まさにこの作品の文体を明確にしめす言でありましょう。


本作の復刊のきっかけは、3月末に同じく復刊を遂げた『シンプル・プラン』と同様、『このミス』2019年版でおこなわれた「30年間の1位作品からベストを選ぶ」という企画「キング・オブ・キングス」で、『ポップ1280』が5位に選ばれたことでした。


ジム・トンプスンといえば、90年代からゼロ年代にかけて扶桑社ミステリーの中核を担っていた作家のひとりでありましたが、邦訳出版は日本オリジナルの作品集『この世界、そして花火』以降ながらく途絶えておりました。

しかし! 2017年刊行の『天国の南』を皮切りに、『ドクター・マーフィー』『殺意』など本邦未訳だった作品が、文遊社さんからソフトカバー単行本の形で刊行されはじめています。この7月には、トンプスンの原点を垣間見ることができる自伝的作品『バッドボーイ』が発売されたばかり。

この再注目の流れが進むタイミングで、代表作でありながら、ながらく品切れとなっていた『ポップ1280』を装いも新たに復刊し、皆さまにお届けできるようになったことは嬉しい限りです!

 

今回の復刊ではさらにさらに、ジム・トンプスン再評価のきっかけとなった、ジェフリー・オブライエンの歴史的評論「安物雑貨店のドストエフスキー」も追加で収録し、トンプスンマニアの方にはもちろん、初心者の方にも「まずはここから」と自信を持っておすすめできる一冊となりました。

 

さてここからは、梅田 蔦屋書店の洋書コンシェルジュ・河出真美さんのインタビューをお届けします。河出さんは今回、『ポップ1280』にこんな推薦コメントを寄せてくださいました。

 

「人口1280人の町でたった一人の保安官。一見気のいい田舎者。

しかし彼にはもうひとつの顔があった。

何も知らずに63ページまで読んで欲しい。最初の驚きが待っている。

快楽のためでなく、欲望のためでなく、ただ流れに身をまかせるように──

この男、悪でさえない。」

 

推薦の辞、本当にありがとうございます。

というわけで、今回は河出さんに『ポップ1280』と扶桑社ミステリー、さらには海外文芸の魅力について伺ってまいりました!どうぞお楽しみください。

 

 

──『ポップ1280』はどんな人におすすめでしょうか

 

『ポップ1280』の主人公は、一見よくいるサイコパスですが、実は数多いるサイコな連続殺人鬼とはまったくちがうと思っています。「人を殺す」ということを目的として行動するのではなく、なりゆきまかせでその時々の目的のために行動し、心の中が恐ろしいまでに空虚で、だからこそ無敵。そういう意味で、サイコパスものが好きな人が読んだら、逆に新しいものを読んだという気になれるのではないでしょうか。人間の心の恐ろしい部分に興味のある人とも相性がいいと思います。シャーリイ・ジャクスンパトリシア・ハイスミスが好きな人とか。

 

 

──河出さんが就かれている「洋書コンシェルジュ」とは、どのようなお仕事なのでしょうか。また、その仕事をされるうえで大切にされていることはありますか。

 

 洋書の発注・納品・提案をしております。担当は主に読み物で、英語を勉強しているというお客様に読みやすい洋書を紹介したりします。店舗の客層に合ったものを新しく取り入れていけるかが常に課題です。洋書のフィクションを集めた棚があるのですが、ベストセラーと新しい本をバランスよく入れて、個性的かつ新しさのある棚にしていきたいと思っています。

 

 

──河出さんの思う「海外文芸」の魅力はどんなところにありますか。また、それに気づくきっかけとなった作品を教えてください。

 

 自分の育った環境とは全くちがう国のことを知ることができるというのが魅力の一つだと思うのですが、その全くちがう国、全くちがう文化、全くちがう言語を持つ人々が、自分や身近な人々と同じようなことを思い、同じようなことをしているというのも興味深いところだと思います。

たとえば、ミステリーで言うと、子どものころはシャーロック・ホームズシリーズやアガサ・クリスティーの書く一昔前のイギリス独特の風俗、馬車に乗るとか、お金持ちの女性には話し相手が雇われているとか、そういう部分が謎解きに加えてとてもおもしろかった。

クリスティーの『春にして君を離れ』はごく普通に生きてきた人が、ちょっとしたきっかけで自分の人生が実は自分の思っていたようなものではなかったということに気づく、すごく怖い話なのですが、時代や国に関係なく、いかにも本当に、そのへんの人に起こりそうな話だと思えるのがすごいと思います。

 

 

 

──扶桑社ミステリー文庫についての印象をお聞かせください

 

一種独特なものを拾ってくれるところだと思っています。『インターンズ・ハンドブック』(紹介記事はこちら)『拾った女』(紹介記事はこちら)はよくぞ出してくれた!という感謝の気持ちでいっぱいです。

スティーヴン・ハンターやクライブ・カッスラーをしっかり出しつつ、こういう、扶桑社ミステリーが手を出さなければ忘れ去られてしまうであろう作家の本を出してくださる、素晴らしいシリーズです。

 

 

 

──扶桑社ミステリー文庫のなかの河出さんの推し作品はどれですか

 

最近では『拾った女』(註・浜野アキオ翻訳・2016年刊)ですね。最後の一ページでこれがどんな物語だったかわかるという手法、それもこれまで読んだことがなかったタイプのどんでん返しでした。あまりにも悲しいラブストーリーで、もうミステリーじゃなくラブストーリーとしておすすめしてもいいかもしれない。

昔から好きなのはスティーブン・ドビンズ『奇妙な人生』(註・瓜生知寿子翻訳・1994年刊)です。調べたところ、もうHPにも掲載されていないようで悲しいです。もうだいぶ前に読んだ本ですが、これも奇妙で愚かで悲しくて、歪な傑作だと思っています。まだ文庫本を持っています。

 

 

 

──「翻訳ものは売れない」と言われる昨今ですが、今後、このジャンルは、どのようにするとさらに魅力が伝わり、盛りあがっていくと思いますか。

またそれにあたり、扶桑社ミステリー文庫(版元)に期待すること、河出さんご自身が書店員・コンシェルジュとしておこなっていきたいことを教えてください

 

 「翻訳ものは(国内ものほど)売れない」というのはそのとおりだと思います。だからこそ出版社の方々には面白い本を発掘し続けていただきたい。そしてコンシェルジュとしては、できるだけたくさん本を読んで、「売れる」と思ったものをしっかり売りたいです。

でもそれよりも大事なのは、そのままだと見逃されてしまって売れないものを「売れる」本に育てていくことだと思っています。出版社や翻訳者の方とのつながりを大事にして、その本がそこにあるのだということを伝える、いい本だということが伝わる、そんな売り場を作っていきたいと思っています。

 扶桑社さんはぜひこれからも尖ったものを出し続けてください。

 

 

──というわけで、復刊したジム・トンプスンの代表作『ポップ1280』、まずは「何も知らずに63ページまで」読んでみてください。そのときにはもう、饒舌な語り/軽妙なテンポ/ブラックな笑いに魅了され、トンプスンが暴く人間の闇に満ちた世界から抜け出せなくなること間違いなしです!(販売促進M)

 

 

 

~今回お話を聞いた本屋さん~

 

■梅田 蔦屋書店

大阪府大阪市北区梅田3丁目13 ルクア イーレ 9F

営業時間: 7:0023:00 (不定休) TEL: 06-4799-1800

 

■河出 真美

好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山 蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。20184月より世界文学・海外ミステリーも担当するようになりました。おすすめ本やイベント情報をつぶやくツイッターアカウントは@umetsuta_yosho#梅蔦世界文学 も御覧ください。


2019年8月21日 12:32

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