カッスラー追悼の連続刊行企画第3弾(7月末発売、8月10日奥付)は、

なんとあの名作『タイタニックを引き揚げろ』(上・下)の復刊です!

 

2月にカッスラーが逝去してからすぐ、われわれは復刊を目指して動き出しました。

コロナの影響があり、再契約までには結構な時間がかかりましたが、巨匠カッスラーの代表作を、装いも新たに読者の皆様にお届けすることができて、版元としてもたいへん嬉しく思っています。

底本となる2007年の改版(なんと52刷!)がどうしても入手できず、新潮社のご担当者様にもお世話になりました。その節は本当にありがとうございました!

 

タイタニック ブログ用.jpg

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あらすじはこんな感じです。

 

大統領直轄の秘密機関メタ・セクションのメンバーは、とある鉱石の行方を長らく追っていた。

敵国のミサイル攻撃を瞬時にして無効化しうる防衛システム「シシリアン計画」を遂行するためには、稀少元素ビザニウムの入手が不可欠なのだ。

しかし、ソ連のノバヤゼムリヤ島にあるとされるビザニウム鉱石の調査に彼らが送り出した科学者コプリンは、巡回兵の銃撃にあって瀕死の重症を負う。

危地に陥った彼をすんでのところで救い出したのは国立海中海洋機関のエージェント、ダーク・ピットだった!

やがてピットたちは、20世紀初頭にビザニウム鉱石がすでにロシアから持ち出され、超豪華客船『タイタニック』号の船艙に積みこまれていたという情報を摑む。

伝説の沈船引き揚げという難事業を決意した彼らは、4000メートルの海底に眠る巨船をついに発見するに至るが、ソ連工作員の暗躍による殺人や事故に見舞われ、引き揚げ作業は困難を極めることに......。

 

作品の評価や立ち位置については、解説で寶村信二さんが詳細に記してくれているので、付け加えることはあまりありません。ただ、何点か見逃しがちかなと思われるポイントを、列挙しておきます。

 

まず第一に、本作は1976年に書かれた作品でありながら、時代設定は1987年~88年となっています。

すなわち一般に誤解されがちですが、『タイタニックを引き揚げろ』は、同時代性に立脚するリアルな冒険アクションではありません。「近未来を舞台にしたSF冒険活劇」なのです。

沈船引き上げの醸し出す圧倒的なリアリティに比して、カッスラーの持ち出してくる架空の元素物質、架空の防衛兵器は、それなりに漫画チックですらあります。

カッスラーは、1970年代のマイケル・クライトン同様、その後のジェイムズ・ロリンズやダン・ブラウンといったSF/偽史的要素の強い冒険小説群につながるような路線の開拓者だったともいえるのではないか。そんなことを思っています。


第二に、本作はいわゆる「アメリカ的」なエンタメ冒険小説の源流にあたる作品でもあります。

すなわち、トム・クランシーや数多の退役軍人作家たちによって、その後綿々と引き継がれることになる、米国の正義を信じ、高らかに歌い上げる「明朗で痛快な」冒険小説の初期の結実であるということです。

共産主義への明快な敵意と、愛国正義という信条へのゆるぎない信頼。大統領が善玉サイドのキーパーソンとして登場し、主人公も出世するにしたがって国家中枢へとどんどん近づいていく(笑)。そういうヒーロー像を普遍化、大衆化したのが、カッスラー(とその同世代の作家たち)だったように思います。

また、ダーク・ピットの「悩まない」「揺れ動かない」「影のない」スーパーマン的な属性は、「快男児」小説の伝統を受け継いで、スタローンやシュワルツェネッガー、ブルース・ウィリスに代表される「80年代ダイハードヒーロー」の時代を先導し、ひいてはスティーヴン・ハンターの登場をうながしたともいえるかもしれません。

少なくとも、英国的な冒険小説(念頭においているのはギャビン・ライアルとかジャック・ヒギンズの書いた翳りのある作品群ですが)とは異なる、純粋に娯楽として供給されるエンターテインメント一直線のアクション・アドベンチャーを、米国の土壌に根付かせた立役者のひとりだとは言っていいのではないでしょうか。

 

第三に、本作のテーマである「タイタニック沈没事故」が、日本人にとっては想像もつかないほど欧米人にとって「心のどこかを掻きたて、何かをそそる」、思い入れの深い題材であることも忘れてはなりません。

「文明への警鐘」であるとも言われた海運史上最大の悲劇は、西欧人の心の奥底に今も深く錨をおろしています。タイタニックとは、彼らにとって癒しがたい精神的外傷であり、同時に取り返しのつかない過去を孕んだ、永遠のロマンと郷愁の源でもあるのです。

そんななか、カッスラーが提示してみせた「タイタニックを引き揚げる」という即物的かつ直截的な行為は、エンターテインメントの世界で西欧人の「精神的外傷」を癒やしてくれる、ド直球の胸のすくような究極のアイディアだったのではないでしょうか。

 

最後にもう一点、彼がその後、巨額の印税収入をつぎ込んで、実際にNUMAを設立し、沈船引き揚げで多大な成果をあげてきたという事実も見逃せません。彼は生粋の「行動する作家」であり、自らが作り出した架空の世界を、自らの財力で現実世界に移植してみせた、ディズニーばりの「夢の実現者」でもあるのです。

この自作と現実をオーバーラップさせるカッスラー的感性は、シリーズそれ自体のあり方とも呼応していて、たいへんに興味深いところです。

彼は、自分の分身ダーク・ピットを主人公に据えてシリーズを書き続けながら、作中に「同姓同名」の息子ダーク・ピット・ジュニアを登場させています。通例、同じ名前の主要人物を出すようなややこしいまねをする理由はなく、おそらくなら当初の目論見としては、父親の加齢に伴って自然と代替わりでもさせるつもりだったのでしょう。しかし、その切り替えは結局うまくいかずに、ダーク・ピットものは「同じ名前の父子が活躍する共演もの」へと移行しました。

一方で、主人公と同じ「ダーク」という名の息子(というか、自作のヒーロー名に息子の名前をつけたんですね)を「共作者」として、長らくいっしょにダーク・ピット・シリーズを書き継いできたという「現実」があります。ここでも、作中世界は現実世界へと越境し、執筆状況と深くリンクしているわけです。

親子鷹が描く、親子鷹。

カッスラーは、ダーク・ピットのようにNUMAを率いながら、ダーク・ピットのように執筆というプロジェクトに息子と挑む。

カッスラーの周囲では、そうやって現実と虚構が相互にリンクしあい、現実世界における継承と、架空世界における継承が同時に進行してきたのです。こういうケースはあまり他にはないような気がします。

 

さらにいえば、カッスラーは、息子を後継として育てて作家業を継がせることを衒いなく実行した人であると同時に、共著者を積極的に立ててシリーズを多数動かしていくスタイルの確立者でもあり、実はアメリカ出版界のビジネスモデルとキャリアのあり方と道徳観(出版倫理)それ自体に、多大な影響を与えた人物ではないかとも考えるわけですが、その話はまたいずれ別の機会に、もう少しきちんと調べてから深めてみたいと思います。

 

なんにせよ、『タイタニックを引き揚げろ』は、今読んでも十分楽しめる、極上のエンターテインメントです。

たしかに、ウーマン・リブの扱いかたには時代感が出ている気がするし、現在の愛妻家ぶりからは想像もつかないダーク・ピットのは色男ぶりには軽くひきますが、タイタニック引き揚げシーンの興奮や、潜水艇での緊迫した密室アクションは、今読んでもまったく古びていません。

それと、個人的には上巻で二度、「すべて、非常に初歩的なことですよ」(ダーク・ピットの言葉、150頁)、「初歩的な推理ですよ」(楽器の修復家ボーゲルの言葉、234頁)という言い回しが出てくるのは大変気になります。これはいわゆる「エレメンタリー」というやつで、ホームズの決め台詞なわけですね。そういえば、本作には意外と「謎解き」の要素がありますし、「意外な犯人」の要素もあります。ダーク・ピットのキャラクター造形やカッスラー流の海洋冒険小説の構成要素に、ホームズや謎解きミステリーのエッセンスが入っていると思うと、なんだかわくわくしてきませんか?(どうでもいいって言わないでw)

 

なお巻末には、解説の寶村さんのご尽力により、弊社のカッスラー作品で初めて、新潮さん・ソフトバンクさんの作品も含めた、カッスラーの小説リストを掲載いたしました。(寶村さん、ありがとうございます!)

ぜひこのリスト(と古本屋)を活用していただき、ぜひ旧作も含めて、カッスラーという巨星の業績を改めて振り返ってみてもらえたら、と思います。

 

さて、扶桑社から出る次のカッスラーは、11月末に刊行予定のファーゴ夫妻もの、『The Gray Ghost』です。クラシック・カーの熱狂的マニアでもあったカッスラーの趣味全開の一作! こちらもぜひお楽しみに!(編集Y)

 

 

 

 

 

 

2020年9月 9日 06:58

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