8月末(9月10日奥付)の新刊は、扶桑社では久々の赤背(ホラー&ファンタジー)!

スティーヴン・キングのファンサイトを運営する熱狂的なマニア、ハンス=オーケ・リリヤが編纂した、キングに捧げるホラー・アンソロジー。『闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館』の登場です。

一部ファンの間で、結構話題にしていただけているようで、初速もそこそこよく、本当にありがたい限りです!

 

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内容はこんな感じでございます。

 

世界最大のスティーヴン・キング・ファンサイトを20年間運営してきた編者が、キングゆかりの著者たちに自ら執筆・掲載の交渉を重ねて編み上げた傑作ホラー短編集。

海辺のコテージを訪れた作家が、家主の妻に霊感を得て小説を書き始めるが、完成した作品を読んで笑い転げる彼女を見て......キング自身の小説作法を作中で開陳する異色の書籍初収録作「青いエアコンプレッサー」、インターネットを介したいびつな男女関係を描くケッチャム&カセックの「ネット」など、珠玉の12編を収録!

 

収録作は以下の通りです。

スティーヴン・キング/白石朗訳 「青いエアコンプレッサー」
ジャック・ケッチャム&P.D.カセック/金子浩訳 「ネット」
スチュアート・オナン/夏来健次訳 「ホロコースト物語」
ベヴ・ヴィンセント/友成純一訳 「アエリアーナ」
クライヴ・バーカー/宮脇孝雄訳 「ピジンとテリーザ」
ブライアン・キーン/友成純一訳 「世界の終わり」
リチャード・チズマー/友成純一訳 「墓場のダンス」
ケヴィン・キグリー/友成純一訳 「炎に溺れて」
ラムジー・キャンベル/友成純一訳 「道連れ」
エドガー・アラン・ポー/金原瑞人訳 「告げ口心臓」
ブライアン・ジェイムズ・フリーマン/友成純一訳 「愛するお母さん」
ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト/友成純一訳 「キーパー・コンパニオン」
 

今回やむを得ない諸般の事情で、急きょ編集者が自ら巻末の解題を付すことになりました。

これだけ著作権上問題のないケースも稀ですし(笑)、

せっかくですので下記にそのまま添付いたします。

 

一点、追記しておきますと、ハンス=オーケ・リリヤさんの名前の読みは、ご本人に確認済みです。エージェントを通して確認したところ、なんとリリヤさん本人から、速攻でご自身で名前を発声してくれた音声ファイルが送られてきたんですよ。なんて軽いフットワーク!

ちなみに、それを会社で確認するためにエンドレスでリピート再生していたら、あろうことかヘッドホンのプラグが抜けてたようで、編集部に大音量で「ハンスオケリリィヤハンスオケリリィヤハンスオケリリィヤ・・・」と流れてたらしく、同僚たちから「あなた一体なんの仕事してんのそれ? 呪文? こわいよ!!」とか散々バカにされました(笑)。

 

 解 題


本書は、スティーヴン・キングの個人ファンサイト〈リリヤ・ライブラリー〉を長く運営してきたスウェーデン人、ハンス=オーケ・リリヤが、サイト設立二十周年を祝う目的で、自らキングゆかりの作家たちに作品の提供や原稿執筆の依頼を行い、編み上げた短篇集である。

書籍の刊行元は、アメリカを代表するホラー専門出版社〈セメタリー・ダンス〉社。アメリカのホラー界では、同社や〈ガントレット・プレス〉社など、愛蔵版のハードカバーを少数の好事家に向けて限定生産する出版社が存在し、ホラー・マニアに客層を特化したアンソロジーや復刻版を随時提供している。本書には、〈セメタリー・ダンス〉社のリチャード・チズマーやブライアン・ジェイムズ・フリーマンが、作家としても参加している。


筋金入りのキング・マニアが、自らのアンテナに適う作家たちに発注して生み出したアンソロジーだけに、その作品群からは、強烈に「キング」の影と匂いが漂ってくる。それは当然のことだろう。

「スティーヴン・キング」とはいったい何者なのか。キングが生み出した「モダン・ホラー」とはいったいなんなのか。何を糧として、キングという巨峰は生み出されたのか。

そういった根源的な問いが、作品からは常に逆照射されているように思われる。

キングに影響を与えた作品群(エドガー・アラン・ポー、H・P・ラヴクラフト、レイ・ブラッドベリ他)へのオマージュと、キングに影響を受けた作家たちによるキング自身へのオマージュが、さまざまなレベルで混淆し、波及し合うことで、本アンソロジーは「作品で語るキング論」として機能しているのである。


以下、各作品について最低限の解題を付す。

なお執筆にあたっては、本書の特設サイトに掲載された、各作品についての著者陣の発言(https://shininginthedarkanthology.com/us/)をなるべく引用するようにした。



「青いエアコンプレッサー」スティーヴン・キング

本書の刊行まで書籍に収録されたことのなかった、キングのファンのあいだでもなかなか読めないとされてきたレア中のレア作品であり、もちろん本邦初訳となる。 

キングの分身ともいうべき作家を主人公に据えながら、なんと著者である「キング本人」まで物語に闖入してきて、やおら自作の解説を始めたすえ、自身のホラー小説作法を縷々開陳するという、かなりトリッキーなメタ作品。どうやら大学時代の若書きを雑誌に再掲載した際に、この奇妙な外付けのギミックが追加された可能性が高そうだが、結果的には、キングの小説技法やホラー観を知るうえで極めて重要な作品となっている。

本書のアイディアに関しては、キング自身が作中で述べているとおり、かつて読んだECコミックの一篇から得たインパクトが大きいようだ。そこで夫婦がお互い殺し合う際、痩せ女が膨張して弾け飛び、肥満男が真っ平らになるという「皮肉」をキングはいたく愛している、という。


「ネット」ジャック・ケッチャム&P・D・カセック

二〇〇六年に〈ガントレット・プレス〉社の少部数限定版ハードカバーのホラー・アンソロジー『Masques』第五巻に掲載されたのが初出で、ケッチャムの個人短篇集には収録されていない。こちらも本邦初訳である。

暴力と悲劇に終わる酷薄な世界観のなかでなお、人の孤独とディスコミュニケーションをリリカルに描き出すという意味で、ジャック・ケッチャムの真骨頂とも言える作品。テイストとしては二〇〇七年の中篇「閉店時間」(中篇集『閉店時間』扶桑社ミステリー所収)に比較的近いといえるのではないか。本アンソロジーに収録されたのは、猫の「クージョ」が登場するからかもしれない。

著者たちによれば、もともとケッチャムがどこかのコンベンションで出会ったP・D・カセックに、本作の内容に類似した実在のニュースの話をしたのが始まりらしい。カセックのアイディアで、実際にインターネット上で、男のほうをケッチャム、女のほうをカセックが担当して交互に書き合うかたちで、共作の執筆は進められたようだ。カセックは「最高のホラーとは、極限へと振れた日常の恐怖のことだ」と述べている。


「ホロコースト物語」スチュアート・オナン

ロンドン在住の作家が『ホロコースト物語』という小説を発表して名をあげ、アメリカの有名トーク番組〈オプラ・ウィンフリー・ショー〉のゲストに招かれて出演するまでの懊悩や葛藤を描く純文学風の異色作。とくに目を惹くのは、主人公(兼語り手)の呼称が彼の書いた作品名と同じになっている点で、「青いエアコンプレッサー」同様、自己言及性の強い作品に仕上がっている。著者は本作について「小説を書く際の作家自身の実体験と他者の経験の関係をテーマにした作品」と述べている。また冒頭の呼びかけは、レイ・ブラッドベリとジョン・アップダイクを意識したものであるという。

オナンはいわゆるホラー作家ではないにせよ、キング自身を自らの小説『スピード・クイーンの告白』(ソニー・マガジンズ)内に登場させたり、ボストン・レッドソックスに関する共著を二人で出したりと、なにかとキングと深い関係をもつ作家である。キングのナチスものといえば中篇「ゴールデンボーイ」(新潮文庫所収)が著名だが、オナンは他にも『City of Secrets』というナチスの登場する長篇を執筆している。両作家が同テーマへの関心を共有しているのは確かなようだ。

なお訳者の夏来健次氏によれば、本作の主人公が「島」の出身とされていることについて、イギリスで唯一ドイツに占領された地として、ドーバー海峡のチャンネル諸島があり、実際ユダヤ人島民がドイツの収容所に送られたり、島自体にも収容所が建てられたりしたことからすれば、史実上でもありえなくはない設定であるとのことである。


「アエリアーナ」べヴ・ヴィンセント

本書のための書き下ろし作品。もともとは別のテーマ・アンソロジー向けに執筆しながら仕上がらないまま置かれていた短篇を、リリヤからの依頼に合わせて全面的にリライトしたものだという。

特別な力を持つ少女と女性警官の交流を描く、情感とペーソスに満ちた美しい一篇である。「異能の少女」というテーマ、警察小説とのクロスオーバー、能力者と犯罪者が対峙する構図など、キング作品を彷彿させる要素を備えており、モダン・ホラーの定式を巧みに体現した逸品であるといえる。

著者によれば、当初はホラーもしくはダーク・ファンタジーを書くつもりだったが、結局はある種のクライム・ストーリーに着地したとのこと。彼は本作を「幻想的なるものが、殺人や警察捜査といった現世的世界と交叉する物語」「ある種のアーバン・ファンタジー」と位置づけている。


「ピジンとテリーザ」クライヴ・バーカー

一九九三年と一九九七年に「ロンドン」をテーマとするアンソロジーに収録されたのみで、ファンにとってはかなりのレアアイテムとなっていた短篇。もちろん、今回が本邦初訳である。

ロンドンの下町で引き起こされる怪しげな宗教的奇跡と、それに続く先読み不能の驚くべき展開。いかにもクライヴ・バーカーらしい幻視性の際立った快作であり、「聖」と「俗」のはざまに笑いと恐怖を見出す、著者ならではのヒエロニムス・ボス的な感性が炸裂している。

本作で採用された特異な文体は、得体の知れない聖人伝の偽書でも読まされているかのようだ。その語り口によって彼は、現代のロンドンに、ボスやブリューゲルの絵画作品に登場する天使や糞便まみれの聖人、人化したグリロスの怪物を召喚し、跋扈させることに成功している。皮肉たっぷりに描かれる「宗教」の欺瞞と卑俗は、まさに二〇二〇年の今にもつながる現代的なテーマだ。


「世界の終わり」ブライアン・キーン

本書のための書き下ろし作品。ストレートに情感に訴える佳品である。

公式サイトで、著者であるブライアン・キーンがこの短篇を執筆したきっかけについて語っている。なんでも、彼自身サスケハナ川の近くに住んでいて、ある朝桟橋に座って足元を流れる川面を見つめていたら、遠くで自分と同じように川の流れを眺めている人物が目に入ったらしい。その悲しみに沈むかのような姿を見て、物語の全体が一瞬で降りてきたという。

執筆に際しては、本アンソロジーの主旨にそって、キングの書き方を強く意識したということだ。


「墓場のダンス」リチャード・チズマー

どこかロマンティックな風情もある「メメント・モリ(死を想え)」をめぐる掌篇。

お気づきのとおり、原題「Cemetery Dance」は、著者であるリチャード・チズマーがオーナーをつとめるホラー専門出版社の名称と同じである(本アンソロジーの版元でもある)。

チズマーによれば、本作は彼がものしたいちばん初期の短篇の一本であり、雑誌に売れた二番目の短篇である。しかし本作を載せるはずだった雑誌が出版前に次々に廃刊の憂き目に遭い、この短篇自体が呪われているのではないかと恐れだしたという。本作を買った編集者たちは、その内容以上に「タイトル」の方を口を揃えて絶賛していたらしい。一九八八年にチズマーが自らのホラー雑誌を立ち上げると決めた際、その誌名に〈セメタリー・ダンス〉とつけたのは当然の帰結だった。

もちろんキングのファンにとっては、『ペット・セマタリー』(文春文庫)と評論集『死の舞踏』(ちくま文庫、原題『ダンス・マカーブレ』)を容易に想起させるタイトルでもあるだろう。


「炎に溺れて」ケヴィン・キグリー

本書のための書き下ろし作品。中篇規模のボリュームを誇るが、著者は本作を、とある吹雪の日の午後いっぱいをかけて一気に書き上げたという。

内容はある意味、シンプルだ。徹頭徹尾「あれ」が、ひたすら群れをなして襲ってくる! 映画なら『燃える昆虫軍団』『スクワーム』『ザ・ネスト』、小説ならジェイムズ・ハーバートの某作あたりを想起させるような、パニック・ホラーの王道を往く作品である。友成氏らしい名調子の翻訳とも相まって、食事時や就寝前に読んだら腹にぐぐっとこたえること請け合いだ。

作者であるキグリー自身、この生物に対する根源的な恐怖心があるというが、物語の霊感源として映画版の『羊たちの沈黙』を挙げているのは興味深い。また当然ながら、著者は、レイ・ブラッドベリの『何かが道をやってくる』(創元SF文庫)を作品の祖型として挙げている。

「カーニバル」の幻想と「少年たちの冒険行」の思春期性。それがスティーヴン・キングにとっても重要な作品の構成要素であることは、改めて指摘するまでもないだろう。


「道連れ」ラムジー・キャンベル

「炎に溺れて」に続いて、こちらもカーニバル(遊園地)を舞台とする作品。文学的かつ幻想的な味わいをじっくりご堪能いただきたい。唐突に登場する父母の描写などの「違和感」が積み重なり、やがて臨界に達したとき、世界観がぐるりとひっくり返る。これは子供の悪夢の形状をとって、イングランド北西部の廃遊園地へと偽装された、ダンテの『神曲』世界なのだ。

著者のラムジー・キャンベルは、本作について「理解することよりも書くことのほうが重要だと思われた数少ない作品の一つ」と述べている。一九六九年に最初の着想を得て、リヴァプールから川を挟んだニューブライトンの遺棄された移動遊園地を舞台にメモを書いたが、その時点で主人公は若い女の子の設定だった。その二年後、本作に登場する〈幽霊列車〉のアイディアが降りてきて、最終的には一九七三年に全体の完成を見たという。


「告げ口心臓」エドガー・アラン・ポー

古典中の古典ともいうべきポーの短篇が、一本だけこのアンソロジーに組み込まれている理由は概ね察しがつく。最初に収められたキングの「青いエアコンプレッサー」が、この「告げ口心臓」を本歌取りした作品という側面をもつからである。

ポーの場合、本作以外にも「黒猫」や「ウィリアム・ウィルソン」など、「良心殺し」に主眼を置いた同趣向の短篇がいくつか存在する。それらに登場する犯罪者は、おそらくなら犯罪者自身の「罪悪感」に起因する"無自覚の告発"によって、最後は追い詰められることになる。そこに、ポー本人が抱えていた犯罪衝動や破滅衝動、特定の呪物に対するオブセッション、終わることのない自責の念と自罰感情が色濃く反映しているのは想像に難くない。

本アンソロジーの公式サイトでは、ポーが目にした確たる証拠のある本作の霊感源として、第一にマサチューセッツ州で実際に起きた殺人事件に関するダニエル・ウェブスターによる記事、第二にチャールズ・ディケンズの短篇「チャールズ二世の時代に獄中で発見された告白書」(岩波文庫他、所収)が挙げられている。後者に登場する殺人者は、四歳の甥を殺すに至った経緯を強迫的かつ冷静に語るのみならず、不意の来客を迎えて、死体を埋めた墓の上に椅子を置いてごまかそうとするなど、「告げ口心臓」の殺人犯と酷似した行動をとる。ちなみに彼の犯罪を暴き出すのは、心臓でも猫でもなく、二匹の猟犬である。


「愛するお母さん」ブライアン・ジェイムズ・フリーマン

本書のための書き下ろし作品。著者のブライアン・ジェイムズ・フリーマンは、前出のリチャード・チズマーが立ち上げたホラー専門出版社〈セメタリー・ダンス〉社に、二〇〇二年に採用された「最初の(チズマーの)家族ではない従業員」二人のうちの一人である。

本作は、著者が銀行のドライブスルーで待っているとき、完全に完成された形で唐突に頭に浮かんできたという。彼がしなければならなかったのは、ただ家に帰って、それを書き留めることだけだった。

なお本作のラストの鮮やかさは、著者自身の筆致の巧みさに由来するものであることはもちろんだが、「青いエアコンプレッサー」と「告げ口心臓」という似た構造の作品を先に置いて読ませる編者リリヤの「見せ方の巧さ」も、ミスディレクションとして大いに機能していると思う。


「キーパー・コンパニオン」ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト

代表作『MORSE--モールス』(早川書房)で、青春小説とホラーを見事な形で融合してみせたヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト。その意味では、まさに「キングの後継者」と呼ばれるにふさわしい作家の一人である。

本作でも、実際に多くの若いプレイヤーたちを虜にして止まないテーブルトークRPG「クトゥルフの呼び声」をフックとすることで、生々しい思春期性とコズミック・ホラーを巧みに接ぎ木することに成功している。ヤン・ギィユーの『エリックの青春』(扶桑社)が二百万部を超える国民的ベストセラーになるなど、スウェーデンにはもともと青春小説の豊かな伝統があるのも強みだろう。

ここで描かれるクトゥルフの怪物は、少年の自意識ないしは肥大したエゴの具現化・実体化と見るべきものだ。「怪物」に仮託しながら、リンドクヴィストは思春期特有の全能感と、やがて訪れる蹉跌を、驚くほど細やかに表現してみせる。

著者自身、「クトゥルフの呼び声」のキーパーを何度も務め、いつかこれについての小説を書いてみたいと思っていたそうだ。本作は本書のための書き下ろしだが、基本のアイディアはすぐに浮かび、直後にラストの趣向についても思いついたという。

ちなみに本作に登場する架空の禁書『妖蛆(ようしゅ)の秘密』は、キングの短篇「呪われた村」(『深夜勤務』扶桑社ミステリー所収)や、『心霊電流』(文藝春秋)でも重要なアイテムとして登場する。本書編纂の意図とメインの読者層を意識した、実に粋なはからいではあるまいか。けだし、アンソロジーのを飾るにふさわしい傑作であると言えよう。

(扶桑社書籍編集部)


2020年9月 9日 10:20

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