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 ロバート・アーサーといえば、なんといっても不可能犯罪の名作「51番目の密室」が有名でしょう。
 そんな彼の、日本初の短編集ができました。
 訳者は、埋もれた本格ミステリー作品を中心に発掘をつづけてこられた小林晋氏。

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 表題作は、雪に閉ざされた山荘を訪れた女性が消失するという魅力的な謎に、驚きのトリックが炸裂する、これもまた不可能犯罪の歴史的傑作です。
(↑ ご覧の表紙は、森咲郭公鳥氏が描いた表題作のイメージです)

 その他、老姉妹がミステリー小説の知識を駆使して犯罪集団と戦う「極悪と老嬢」、ひねりにひねったシャーロック・ホームズもののパスティーシュ「一つの足跡の冒険」、小森収氏が"清々しい一編"と評した「マニング氏の金の木」、その他、ウィットに富んだショートショートからジュヴナイル中編まで、この作家の多彩な顔が楽しめます。

 どの作品も、たくみな語り口と凝ったたくらみに満ちているのですが、そもそもロバート・アーサーは、ラジオ・テレビのミステリー・ドラマの送り手として活躍し、エドガー賞を2度受賞しているのです。
 いっぽうで、小説誌の編集者としても辣腕をふるっていました。
 そんなところから、当然のごとくアルフレッド・ヒッチコックとパイプができ、ヒッチコックのゴーストライターならぬ"ゴーストエディター"として、「アルフレッド・ヒッチコック・プレゼンツ」のミステリー・アンソロジーを多数手がけます。
 さらには、ヒッチコック名義でジュヴナイル・ミステリー(少年探偵たちが事件に挑むというシリーズで、ヒッチコック自身も作中に登場します)を多数執筆することになります。

 そう考えると、まさに戦後アメリカのミステリー文化を支えた影の偉人だったと言えるでしょう。
 そんなロバート・アーサーが残した自選傑作集が本書であり、とうとう日本でもこの作家の作品をまとめて読むことが可能になったわけです。
 お見逃しなく!

2023年7月13日 18:35 | | コメント(0)

 海外翻訳小説ファンのみなさま、こんにちは!
 みなさんはこの週末どう過ごされましたか? 私は韓国発のミステリー映画、『告白、あるいは完璧な弁護』を観てきました。密室殺人の嫌疑を掛けられたIT企業の社長とその担当弁護士の会話を中心に「事件当日なにがあったのか」という回想で話がすすむ映画で、あっと驚くような結末が待っています。上映後拍手が起きるくらい良くできた脚本でした。ミステリ読みの方ならばきっと楽しめるのではないでしょうか。

 さて、扶桑社海外文庫の今月の新刊がいよいよ発売です。今月はS・ハンターほか3点が出る充実の月です。
 
 本日はひきつづき、キム・オンス『野獣の血』(加来順子・訳)をご紹介します。前記事では翻訳を担った加来さんに「訳者あとがきにかえて」というタイトルでご寄稿いただきました。そちらもぜひご高覧ください。

 さて本作は「扶桑社ノワール・セレクション」久々の新作で、720ページの巨躯を持つ長編。おそらく扶桑社史上最厚となる作品ですが、この作品、「凄い」です。

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 まずはあらすじをご紹介。

 1993年、釜山の片隅の港町クアム。万里荘ホテルの支配人ヒスは、18歳の時にクアムの裏社会を仕切るソンに拾われて以来、やくざ稼業に生きてきた。クアムは長年、海を挟んだ影島の組織と睨み合いつつ共存共栄を保っている。だがある日、組が所有する工場が流れ者のやくざヨンガンに襲撃され、平和のバランスは崩れだす。背後に影島がいるのではと疑うヒスは、やがて利権を巡る抗争に否応なく巻き込まれていき......。

 舞台は釜山の外れにあるという架空の町・クアムで、戦前に日本人が建てたというホテル「万里荘」を中心に話は進みます。

 主人公ヒスは四十代でやくざの中間幹部。クアムを仕切るソンおやじという上司の下で、唐辛子の産地偽装などおよそやくざがやるものとは思えないような小さい仕事をこなしつつ、町で起こるいざこざの調整もおこなう。借金を抱えながら博打を打つような面もありますが、じつはティーンエイジャーのときの初恋をいまでも心のうちに秘めている、一途な人物でもあります。

 ほかにも「キャラ立ち」した登場人物たちがたくさん出てきます。
 ソンおやじもそうですし、元娼婦であるインスク、その息子のアミ、敵対する「影島(ヨンド)」のやくざのドンやボスたち、数字にめっぽう強くヒスの弟分でもあるタンカ、この小さな町で一旗上げようと足掻くヤンドン、無駄話ばかりで呆れられるフロントマンのマナ等々......。彼らは皆、狭い町で必死に生きており、ちょっとしたチャンスがあればすぐ掴もうとする、脈動する熱い血に衝き動かされる人物です。

 しかし、そんなイキイキとしてコミカルでもあるキャラクターたちが、気づかぬうちに少しずつ抗いようのない抗争に巻き込まれていく。喜劇のすぐ横にたちあらわれる悲劇が本作の魅力です。

 本作は映画化もされました。
 ヒス役に『応答せよ1994』や『偽りの隣人 ある諜報員の告白』等で知られるチョン・ウ。監督は、キム・オンスの長年の友人でもあり、『鯨』(邦訳は斎藤真理子氏、晶文社刊)で文学トンネ小説賞を受賞した作家チョン・ミョングァン。いかにも「韓国ノワール」の雰囲気たっぷりな映画に仕上がっています。

 『野獣の血』との出会いは、今年の2月ごろ、翻訳家の加来さんが弊社に企画を持ち込んでくださったことからはじまります。
 加来さんは紹介時に「いま日本で公開中の韓国ノワール映画の原作」というようなメッセージをくださったのですが、じつはちょうどその前日に、自分のTLに流れてきた映画宣伝ツイートをきっかけに「お、『野獣の血』、韓国ノワール新作! これは観たい!」と思っていたところだったので、渡りに舟といいますか、絶好の機会だと思いました(しかし実際には、映画のほうはうかうかしているうちに劇場公開が終わり見逃してしまうのですが......)。

 印刷した原稿をプリンターから手に取ったときには、正直、かなり長いなと思いましたが、面食らったのもつかの間、読み始めてみると、独特の技巧で書かれた小説で、かつ独特の技巧で訳されたものでもあるとすぐに気がつき、三章ほど読めばもうぐいぐいその作品世界に引き込まれる。最初に読み終わったときには、終盤の切なさから「ああ、これは凄いものを読んだな」と深く胸を打たれたような気分になりました。

 そう、ためしよみをご覧になったかたはお気づきと思いますが、日本版『野獣の血』の大きな特徴のひとつに、「登場人物の会話を関西弁で訳している」という翻訳技巧が挙げられます。おそらく、こんな翻訳小説はめったにないでしょう。
 ですが、いや、だからこそ、この日本版は「凄い」んです。

 なぜ会話が関西弁で訳されているのかといえば、原書でも会話が釜山方言で書かれているからです。

 そもそもキム・オンスは釜山の生まれであり、今作には自身が見聞きした話を織り交ぜて書かれている小説でもあります。だから、キム・オンスにとって本作における釜山方言の使用は必要不可欠な、アイデンティティーのひとつでもあったわけです。そして韓国語のなかでも釜山方言はかなりの特徴をもつものだそうで、それが顕著に示されていた映画版では、ソウルのひとが「方言が強く、字幕が必要だ!」と感想を書くほどだったとか。そうした特徴ある方言を作中にきちんと取り入れることで、キム・オンスは「1993年の釜山、クアム」という作品世界を作りあげました。
 だから、日本語に翻訳されたあとでもその印象をストレートに届けるための表現として、関西弁での翻訳という技法が選択されたのです。

 それゆえ、読んでいると、ヒスやソンおやじ、アミやインスクといったキャラクターたちが、眼の前にいて実際に喋っているように感じてくる。深刻な相談も、バカ話も、実際にクアムという町にいてそこで見て聞いているように思えてくる。感情もダイレクトに伝わってくる。だからこそ、いつのまにかヒスが足を踏み入れている止めようのない血塗れの抗争の哀しさがより引き立つのです。

 私はハングルを読むことはできませんが、きっと、原書を読んだ韓国の人も、この作品世界に圧倒されたことでしょう。それを日本語で伝えるには、こうでなければならなかったのだと思いますし、そうすることによって、こんなにも豊かに拡がる作品世界を表現できるんだ、とも感じました。

 方言を活かして書かれた外国語小説を日本語に翻訳するとき、ネイティヴが読んだときに受けた印象を、おなじように日本の読者にも受け取ってもらうにはどうしたらよいか。たぶん、翻訳家のあいだでもさまざま意見や考え方があると思います。

 私はもともと読者として海外のエンターテインメントの文芸を好み、それゆえ翻訳出版編集を志望した者ですが、全編このように関西弁を用いた翻訳小説に出会ったのは今回が初めてでした。巷間「翻訳は原文のニュアンスを~」など簡単に言いますが、私は今作の担当をつうじて、「こうしたことを考えて自分のなかで回答を出し、訳していくのが、AI翻訳にはできない"翻訳家"という仕事なのだろう」、とあらためて気づかされました。翻訳文芸は厳しいと言われる昨今ですが、そんな翻訳エンターテインメント小説の本来の魅力を再確認させてくれる一冊でもあると思います。

 もうひとつ、魅力ポイントを。この小説、食事シーンがとても美味しそうなのです。
 第一部の中盤から、ソンおやじが長年懇意にしている老いた殺し屋・タルチャというキャラクターが出てきます。私のいちばん好きな登場人物です。
 ヒスも最初は、老いた殺し屋なんてこの仕事に大丈夫なのか、と思いますが、むしろ「長生きしている=戦いのなかで死んでいない」からこそ信用がおけるのだという、じつに説得力のある理由でソンは重要な場面で使うようヒスに申し渡します。
 そんなタルチャは料理人でもあります。タルチャは、依頼を受けて相手を殺す前に、その相手に炭火焼肉や牛刺や鯨や鮮魚の刺身などをふるまうのです。緊張感のあるシーンながら、これが絶妙に美味しそうに描かれるのです。ぜひ、実際にお手にとって読んでみてください。

 今回、解説は書評家の霜月蒼さんにお願いいたしました。翻訳ミステリー大賞シンジケート内の名物企画「書評七福神の今月の一冊」の一角としても知られる霜月さん。本書について、こう述べておられます。

この七百ページ超えの巨体には、物語を読むことの楽しさがみっちり詰まっている。ユーモアから憎悪まで。人間の気高さからゲスさまで。コメディからノワールまで。善から悪まで。きれいごとでは動かないこの世界の複雑性を、清濁そのまま併せ呑んで描き出したがゆえの深く忘れがたい味わい。『野獣の血』はそういう小説である。」(解説より一部抜粋)

 装幀は岩郷重力さん。じつは、ジム・トンプスンほか扶桑社の「ノワール・セレクション」のすべての装幀を担っておられます。今回は、九十年代に撮影された韓国の町並みを大きくあしらいました。おなじ釜山の港町の裏社会を舞台にしたクァク・ギョンテクの映画『友へ チング』の話をしながら写真の方向性を固めていき、最終的に、岩郷さんが今作とおなじ時代の韓国に旅行をした際に撮影した写真が出てきて、「これだ!」と決めることができました。あの時代にしか無い空気を切り取った表紙にできたのではないかと思います。

 裏社会で必死に生きる者たちの哀切を丹念に描いた本作。ぜひ、『仁義なき戦い』あるいは『ゴッドファーザー トリロジー』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を観るような気持ちで、本作『野獣の血』を読んでいただけましたら幸いです。(編集M)


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2023年7月 3日 15:01 | | コメント(0)

 7月の扶桑社海外文庫は3作品を発表します。
 そのなかのひとつがキム・オンス『野獣の血』。釜山の片隅・クアムという港町の裏社会を舞台にした小説です。2023年1月に日本でも公開された同名の韓国ノワール映画の原作ですので、ご存じのかたも多いかと思います。
 今作は720ページの巨躯を持つ長編。おそらく扶桑社史上最厚です。しかしご安心を。一度読み始めるとぐいぐい引き込まれ、いつのまにか「このまま終わらないでほしい」と感じるようになること必至の、独特の作品世界がひろがる魅力たっぷりの小説です。

 そこで今回は翻訳に携わった加来順子氏に本書の読みどころをご寄稿いただきました。

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 これはヤクザが日々の糧を得る〈シノギ〉を巡る物語です。
 カタギの代わりに手を汚す一攫千金のビッグチャンスが度々あるわけもなく、下っ端は食い扶持や身の安全を確保すべく、上から順になんだかんだと中抜きしようとするのを阻止したり、面倒なだけで実入りの少ない仕事から逃げたりするのに必死です。仁義もメンツも、腹がふくれてからのお話なのですね。

 舞台は1990年代に盧泰愚がぶちあげた犯罪組織一掃政策《犯罪との戦争》のあおりを食らって揺れる釜山。主人公が中間幹部として仕切るクアムは、朝鮮戦争の避難民が立ち上げた巨大組織が陣取る影島(ヨンド)と海を挟んだ松島(ソンド)海水浴場あたりに設定された架空の港町です。大邱や大田などにも同音異義の地名があるのでご注意ください。
 本書の地名や人名は、原則として、実在する(あるいは実在した)場合は漢字で、それ以外はカタカナで表記しています。

 本書との出会いは、同じキム・オンスの長編小説『キャビネット』のあとがきを書くとき。付箋を貼ってメモをとりながら読み始めたのに、気がつくと何もかも放り出してのめり込んでいました。どう見ても陰鬱で悲惨なシーンにしれっと投入されたユーモアにうっかり笑い、あと一歩を踏ん切れない弱さやエゴに歯噛みしつつも「人間だもの」と納得し、ワンシーンにしか出てこない人物の人生までも、長年鍛えたテンポのいい端正な文章で克明に描ききる巧みさに唸りました(そして相変わらず食べ物が美味しそう!)。
 早く先が知りたい、だけど読み終わりたくない――この気持ちを是非とも誰かと分かち合いたかったのですが、原語で読める人さえ「厚い血」(原題は『熱い血』)と躊躇う長さ。「じゃあ自分で訳すか」とのんびり構えていたところ、『』(今年の国際ブッカー賞最終候補作)の原作者で脚本家出身のチョン・ミョングァンの監督で映画になると聞き、慌てて着手したのでした。
 著者と監督は小説家として後輩と先輩に当たる親しい飲み仲間。酒の肴に語った思い出話がめっぽう面白いから何か書けとけしかけられ、小説が刊行されて映画化のオファーが来ると真っ先に打診したとのこと。これぞ任侠!ですね。

 著者は生粋の釜山っ子です。ただし、かの地の方言には、イントネーションの違いだけで幾通りもの内容を話し分けるといった特徴があるため、セリフの部分は、地元の出身でなくても読んで理解できる程度に手が加えられています。
 どの言語でも、方言で訳すべきか、さらにはどの方言で訳すかは非常に悩ましいところですが、本作に関しては、物語の雰囲気やリズム、登場人物のキャラクターを再現するためには避けて通れない、むしろそこがキモだろう、と判断しました。著者がわざわざ噛み砕いて書いてくれたものを、いわゆる共通語で均してしまうのは勿体ないと思ったのです。
 訳出にあたっては、おかしみと凄みを同時に体現することばとして日本で広く認知されているだろう大阪弁を基調としました。ひとくちに〈大阪〉といっても実に広範囲かつ多様で、立場やシチュエーションによっても濃淡があります。しかも、耳が捉えたとおりに書くと目になじまない。「......これは詰んだかも」と何度も頭を抱えました。

 私は著者と直接の面識はなく、単行本のあとがき、ネット記事、原出版社経由でやりとりした質問状から得た個人情報が知りうる全てです。インタビュー等ではさらりと語っているものの、なかなかの苦労人のようです。〈箸が転んでもおかしい〉という言い回しがありますが、著者独特の諧謔は、自ら箸を転がしてでも笑わせずにはいられない苦悩と絶望を知っている人のそれかもしれません。
 ちなみに、本作にも『ウォーリーを探せ』のごとく著者の分身が紛れ込んでいます。ヒントは、今回、「えっと、そこまでは訊いてないです」という、極めて個人的かつセンシティブな回答があったこと。誰のことかは作品を読めばすぐにわかる、愛すべきキャラですよ。

厚いのは面白いんです。(中略)厚い本は、その分量をひっぱるだけのストーリーの面白さがある」――北方謙三が直木賞の選考委員を辞した際に受けたインタビューの言葉は、まさにこの作品のためにあります。深奥なテーマや有意義な教訓を探すのはひとまずおいて、この壮大な物語にどっぷり浸って楽しんでいただければ幸いです。


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2023年6月23日 15:33 | | コメント(0)

海外翻訳小説ファンのみなさま、こんにちは。やや更新が遅くなりましたが、3月頭の新刊をご紹介します!

まずはこちら、本邦初紹介となる作家の第一作です。

ヨン・コーレ・ラーケ『氷原のハデス』(遠藤宏昭・訳)
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まずはあらすじをご紹介。

特殊部隊出身の元狙撃手であるアナ・アウネは負傷を原因に軍を辞したのち、父の友人で科学者のダニエル・ザカリアッセンと北極遠征に参加している。ある夜、ふと窓の外を見たアナは、空に打ちあげられた照明弾を目撃する。方角から、中国の大規模極地研究基地〈アイス・ドラゴン〉が発した救難信号だと判断したアナとザカリアッセンは、暴風雪のなか、ホバークラフトでその基地へと向かうが、人の気配はなく、キャビンに足を踏み入れた二人を迎えたのは、何者かに殺されたと思しき十数体の凍結死体だった......


本作はすでにノルウェー以外に17カ国で出版され、映画化も決定しております。多々ある絶賛レビューの中でもとくに目を引くのは「吹雪の中で繰り広げられる『ダイ・ハード』とアガサ・クリスティの猛烈なブレンド 〈ノルウェージャン・アート〉」というものですが、伊達ではありません。中国基地に残された死体からはじまる主人公の孤軍奮闘の物語は、やがて予想外の方向から大国間の謀略にも迫っていくことになります。

この作品のいちばんの魅力は、「現在:北極基地」「過去:シリアの戦場」というふたつの時間軸が頻繁に行き来していることです。漆黒の闇に包まれた極寒の北極と、太陽照りつける灼熱のシリア。このコントラストが物語のスケールを大きく広げているのです。
元兵士なのに、銃に触れそうになると吐き気を催してしまうほどのトラウマをかかえている主人公、アナ・アウネ。除隊したのち、ほとんど生きる気力を喪っていたアナは、父の薦めで老齢のザカリアッセン教授の北極調査に参加していますが、ときどき幻影にも悩まされる描写があります。いったいアナに何があったのか? 
その答えはどうやら、ノルウェー軍特殊部隊狙撃手として赴いたシリアでの一件にあるらしい......。アナは救援を待つあいだ、〈アイス・ドラゴン〉基地のどこかに息を潜めている殺人犯を追わなければならなくなりますが、その過程で兵士としての本能を呼び覚まされ、封じ込めていたはずの心の傷にも向かい合わなければならなくなります。その様子が、アナのシリアでの「過去」として、「現在」の物語に挿入される形で同時進行しながら描かれます。事件の真相が明らかとなったとき、アナ自身の〈魂の再生〉は如何になされるのか──それは本編でお楽しみいただければと思います。
そうそう、忘れてはならないのが、シベリアン・ハスキー、その名もスンジの愛らしい活躍。こちらも目が離せません!

著者ヨン・コーレ・ラーケ氏はノルウェーを代表する脚本家。1962年生まれで、広告会社でCM制作に携わったのち、2013年に映画脚本家に転身。
出世作として挙げられるのは、日本でも公開された『ザ・ウェイブ』(2016)。ガイランゲルフィヨルドを舞台に、その崩落から大津波が街を襲う様を描いた今作は、ノルウェー初のディザスター・ムービーとして第88回アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表に選出されました。またその続編『ザ・クエイク』(2018)も世界で話題に。

(2023年3月現在、両作品は配信でも観ることができます!→  『THE WAVE』をU-NEXTで観る)

脚本家出身、それもダイナミックな災害描写が魅力の作品に携わっていたとあって、小説家デビューを飾った今作『氷原のハデス』でも、その映像的なアクション描写を楽しめます。

翻訳は遠藤宏昭さんによるものです。扶桑社ミステリーでは『アイス・ハント』のジェイムズ・ロリンズ作品群の翻訳でおなじみなのではないでしょうか。今回も、ソリッドでスピード感のある訳文でお届けいたします。

装幀はwelle design 坂野公一さん。物語の重要要素をひとつひとつ丁寧に拾いあげて作られた、まるで映画ポスターのようなカヴァーイメージで、見れば見るほどワクワクするようなものに仕上げていただきました。

極寒の北極を舞台にした完全エンターテインメント作品、ぜひお楽しみください!

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2023年3月24日 13:26 | | コメント(0)

全国の〈ヨーナ・リンナ〉ファンのみなさま、おまたせいたしました。
シリーズ第8弾となる作品を2月2日に発売いたします。

ラーシュ・ケプレル『鏡の男』(品川亮 訳)

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あらすじはこんな感じです。

ある雨の朝、ストックホルムの公園でジャングルジムに吊された少女が発見された。
現場に駆けつけた国家警察刑事ヨーナ・リンナは遺体を一目見て驚愕する。彼女は五年前の誘拐事件で行方不明となった被害者だった......。
警察は監視カメラの映像から、現場近くで犬を連れていた男の逮捕に踏み切る。強引な取調べがおこなわれるが、その男・マルティンは精神病を抱えていて供述は要領を得ない。だが、警察内で唯一マルティンを目撃者だとみなすヨーナが、旧友であるエリック・マリア・バルクのもとでマルティンの催眠療法を試みると、途端に彼は饒舌になり、ある名を口にする──


前巻『墓から蘇った男』でついに宿敵ユレック・ヴァルテルとの戦いを制したヨーナ。今度は猟奇的連続誘拐殺人犯を追います。
ストーリーラインは3つ。
連続誘拐殺人犯を、防犯カメラの映像や不明確な証言など、わずかにしかない証拠で追うヨーナ。
5年前に娘を事故で亡くしたために精神疾患を負い、第一の死体発見現場によく似た絵を描いた男・マルティンとその妻パメラ。
そして......
誘拐され、監禁された少女たちの抵抗。

今作でも、思わず「痛い......」とうめいてしまいそうなケプレルらしいサディスティックな描写はもちろん、ヨーナの捜査思考のスピード感、サスペンスフルな展開は健在。いやむしろ、事件がシンプルだからこそ、スッキリとわかりやすいプロットとなったがゆえに、よりケプレルの筆がノッているようにも感じられます。
そして、予想もつかない、あっと驚く真相が待ち受けています......!

今作はノン・シリーズとなっており、前作まで読んだ人はもちろん、ここから読む人でも単発のクライムノヴェルとして楽しめる作品となっております。
テイストとしては、『ウサギ狩り人』に似ているかもしれませんね。

ちなみに、今回も装幀は岩郷重力さん。重厚感のあるものに仕上げてくださいました。
鏡文字の仕掛けに気がつきましたか?


さて、本国ではシリーズ9作目の刊行が決定しております。
その名も『The Spider』。
『墓から蘇った男』で深く傷ついたサーガ・バウエルが捜査に復帰するとだけ、聞いております。
こちらも弊社で版権取得をするべく動いており、来年のいまごろにはお届けできるのかな、と思います。ぜひおたのしみに! (編集M)

P.S.
ブログを更新したあと、はたと気がつきました。
私が編集担当としてこの記事を書いたのは、異動以来はじめてでございました。

申し遅れましたが、海外文庫読者のみなさま、はじめまして。
2022年4月より翻訳出版編集部(新設です!)に配属となりました。翻訳出版に携わりたいと思って版元を志望した者として、念願かなっての異動でした。
異動するまえは文庫の販売担当として営業部におり、そのときにはウサギ狩り人』の記事を書きました。
また、そのころから海外文庫宣伝用のTwitterアカウント、@Swagger_fuso の運用を中の人としておこなっております。新刊の告知やはたまた名作発掘などをしておりますので、ぜひぜひフォローしてください。
これからも面白い小説をみなさまにご紹介できるよう鋭意努力していきますので、今後とも扶桑社海外文庫への変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします!


2023年1月27日 16:25 | | コメント(0)

『突然の奈落』と同時刊行された、『狼たちの宴』のほうも、もう読んでいただけましたでしょうか?
こちらは、オーストリアの人気女流作家アレックス・ベールによる長編作品。
昨年各種年末ベスト入りを果たして話題を呼んだ、『狼たちの城』の続編となります。
翻訳者は小津薫さんで、あとがきのほうもお願いしております。

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あらすじはこんな感じです。

ニュルンベルク、1942年。ユダヤ人の元古書店主イザーク・ルビンシュタインの悪夢は続いていた。逃走中にゲシュタポ犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンと間違われたまま、女優密室殺人の謎を見事に解明してみせた彼は、街からの脱出をぎりぎりまで延ばして機密文書の奪取を試みるが、そこで新たに発生した女性絞殺事件の謎に捜査官として再び立ち向かうことに。
正体が露見すれば即「死」という究極の状況下で、「狼たちのなかの羊」は生き残ることができるのか?
 『狼たちの城』の続編登場!

お話は、前作のラストから一カ月後。
ユダヤ人でありながらゲシュタポ捜査官として組織に潜り込み、身バレ即、死という状況下でサヴァイヴしながら、見事事件を解決してみせたイザーク・ルビンシュタインが、ふたたび捜査官として事件に立ち向かいます。
一方で、彼はベルリンにいるレジスタンスと、元カノのクララのために、新たなナチスの秘密文書をゲットして持ち出すという使命にも積極果敢に挑んでいきます。

前作では、完全に「巻き込まれ型」主人公として終始おどおどしっぱなしだったイザークですが、本作では前作で何度も修羅場を潜り抜けてきた経験も踏まえて、既にある種の「したたかさ」を漂わせはじめています。
彼は、積極的に「名探偵」としてのペルソナと、「スパイ」としてのペルソナを交互に掛け替えながら、ナチスの高官とシンパたちの群れ成す社交界の「宴」に参加し、彼らに取り入って、情報を探りだそうとします。
いわば、「歴史もの」×「名探偵」×「スパイ」という本シリーズの基本構造を、主人公本人がより自覚的に推し進めていくわけですね。

それでも、「身バレ」の恐怖は常にイザークに降りかかります。
今回の敵は、意外にもナチスの官憲ではなく、「新聞記者」。
とある理由でイザークを目の敵にする新聞記者が、イザークの偽りの仮面を剝がすべく暗躍します。

個人的には、捜査の相棒として組まされる叩き上げのケーラー捜査官が、かなりやさぐれた人間味のあるキャラクターで、とても気に入りました。前作同様、バディものとしてもなかなか読ませるのは、このシリーズのひとつの特徴かと思います。

犯罪捜査パートのほうも、一見よくあるサイコ連続殺人犯ものに思えるかもしれませんが、最後まで読めば、まさに「この特殊な時代背景でしか描き得ない、王道中の王道の物語」であることがわかっていただけるかと。

前作『狼たちの城』のメインモチーフは、わかりやすく「ゲシュタポ」でした。
ナチスという「悪」を描くにあたって、ニュルンベルクの歴史からナチスが掠奪して根拠地へと様変わりさせた「城」と、その奥に巣食うゲシュタポたちを、きわめて明快な象徴として登場させたわけです。
一方、今作では、ナチスに支配されたニュルンベルクの街の「空気」そのものがテーマとなっています。新聞記者、裕福な商人、恋人たち、少年・少女――。市井に生きるだれもが皆、蔓延する時代の「空気」に巻き込まれ、しだいに狂っていったというのが、ナチス・ドイツの本質でした。
本作において、アレックス・ベールの眼差しは、常に「本来ならば普通につつがなく人生を過ごしていたであろう」ニュルンベルクの市民と、その背後に渦巻き、彼らの心を支配していた「何か」に向けられています。
そう、今回の主役は、ニュルンベルクという「街」そのものなのです。

ロシアによるウクライナ侵攻に世界が動揺するいまだからこそ、ぜひみなさんに読んでほしい一書ともいえます。できれば、前作『狼たちの城』を未読の方は、そちらを先に読んでいただいたうえで、セットでお楽しみいただければと思います。

最後にお恥ずかしいお話をひとつ。
上記の理由で、編集者は今回、邦題を『狼たちの街』にするつもりでもともとは進行していました。
ちなみに、1996年の映画に同タイトルのものがあることには最初から気づいていましたが、メディアが違うので、まあそのくらいなら被ってても仕方ないかな、と思っていたわけです。
と、ところが!
部決会議の直後に、同僚のTから衝撃の指摘がーー。
「ああ、その映画のノベライズ、昔うちから出てたよ」
えええええええ? マジか。全然ネットの検索とかでひっかからなかったぞ??
でも、著者名とセットで検索すると、確かにヒットしました。『狼たちの街』、ロバート・タイン著。
うああ、こりゃ、だめだ。
同じレーベルで、同タイトルの本が出るっていうのは、さすがにNGでしょう。

ということで、さんざん無い知恵を絞って、ついに『狼たちの宴』という邦題を思いついたのですが、
実際、こうやっていざ付けて見ると意外にしっくりくるタイトル。しょうじき我ながら、なかなか気に入っています。
ただ、こちらはこちらで、勝目梓先生のバイオレンス・エロス作品のタイトルと被ってしまったのですが......まあ、ジャンルも違うことですし、そこはなんとかお見逃しください......。(編集Y)











2022年7月21日 02:23 | | コメント(0)

『刑事コロンボ』や『ジェシカおばさんの事件簿』といったミステリー・ドラマのクリエイター。
 それがリチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクの名コンビです。
 彼らの埋もれた短編小説を発掘して好評を得たのが、本文庫既刊の『皮肉な結末』です。

 著作権的に翻訳出版可能な作品10本を選んだものでしたが、発売後、まるでタイミングを合わせるかのように、アメリカで2人の短編集が出版されたではありませんか。

 さっそくその出版社と交渉し、これによって、『皮肉な結末』で泣く泣く見送っていた何本かの短編の翻訳出版が可能になりました。
 こうして、2人の短編小説のうち、残っていた半分の翻訳出版が可能になり、『突然の奈落』として刊行できたのです。

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イラストレーション:岸潤一氏  カバー・デザイン:小栗山雄司氏

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『皮肉な終幕』をお読みいただいたかたにはおわかりのとおり、雰囲気たっぷりの描写と、キレのあるオチで、短編ミステリーの愉しさを満喫させてくれる名品がそろっています。

 なお今回は、『皮肉な終幕』もふくめて、電子版も配信されます。
 ただし、と、ここから話が複雑になるのですが、アメリカで出た2人の短編集『Shooting Script and Other Mysteries』は、17本を収録しています。
 しかし、当編集部が集めた短編は20作。
 本国版より、3本多いのですね。
 結果的に、『皮肉な終幕』で10作、『突然の奈落』で10作と、文庫版には収録できましたが、電子版では『皮肉な終幕』で9作、『突然の奈落』で8作という、変則的な形になってしまいました(そのぶん、電子版は割引価格になっています)。
 契約によるものなので、ご容赦ください。

 ともかく、ミステリー雑誌の黄金期に誌面を飾った2人の作品を、ぜひご堪能ください。(編集・T)

2022年7月13日 15:18 | | コメント(0)

思いかえせば、宝島社の『このミステリーがすごい!』の「わが社の隠し玉」コーナーで、本作の刊行について仄めかしはじめたのは、もう5年くらいも前のことだったかもしれません。
あの当時から、実は小林晋先生の訳稿はすでに存在していたんですね。
まさか、実際に刊行するのにこんなに時間と手間がかかるとは、よもや思ってもおりませんでした。

通常、われわれ翻訳版元は、海外のエージェントから版権を買って商品を出版しています。
ただ、それに当てはまらないケースが二通りだけあって、ひとつは著作権のすでに切れた作品を刊行する場合、もうひとつがいわゆる「10年留保」といわれるケースです。

細かくはご説明いたしませんが、ざっくりいうと「1970年までに海外で発行された著作物で、発行後10年間一度も邦訳が出ていない作品は、翻訳権が消滅する=版権を獲得せずに出版してよい」という規定のことです。これはれっきとした法的な約束事なので、大手を振って活用してよいわけでして、実際クラシック系海外翻訳の版元さんの多くは、この条項の枠内で刊行されていることかと思います。

ところが、10年留保の条件というのは、あくまで「発行された」著作物に限定されたものなんですね。
すなわち、雑誌に載ったり、書籍として刊行された作品じゃないと、適応されないわけです。

今回の場合、掲載されている40本の短編のうち、30本はすでに雑誌に掲載済だったのですが、これに加えて、どうしても「未発表」の短編10本を追加したい、これらを載せないと「全集」にならない、という制約があったわけです。
要するに、発表済短編だけなら10年留保でしれっと出せたんですが、未発表短編も収録するとなると、どうしてもレオ・ブルースの著作権管理団体(エステート)の許諾を得て、ちゃんとお金を払わないといけなくなったと。

しかも、小林先生は「アメリカで刊行されている短編集(雑誌発表済の短編を網羅したもの)の編者B.A.パイクさんが書いた序文も、ぜひ訳出して巻頭に掲載したい」とのご意向。
そうすると、当然アメリカ版短編集の版権も、別途獲得して出す必要が出てきます。

というわけで、日本のエージェンシーさんを通して、アメリカ版短編集の版元さんと、レオ・ブルースのエステートの両方から(しかも、びっくりするくらい格安の金額で)許諾を得るべく動き出したのが、2020年の秋。でも、ここからが長かった(笑)。

まず、エステートからは、散々待たされたあげく、「未発表原稿があるなんて知らなかった」とのご返答が。著作権管理が仕事なのに、知らなかったってどういうこと?? 「本当にレオ・ブルースの真作かどうかエステート内で審査してから、あらためてご連絡いたします」とのお言葉。
そこで、まずは発見者のエヴァンズさんから、直接エステートに連絡をとってもらい、発見の経緯や作品の概要を伝えてもらうことになりました(ご協力多謝!)。
結局、正式な許諾と金銭面でのご了承をいただけたのが、2021年の8月。
で、ここからはアメリカ版短編集の版元さんである、アカデミー・シカゴとの交渉にはいったわけですが、なぜかここもなかなかレスポンスをいただけないところで(笑)、さんざんせっついたすえにようやく許諾をいただけたのは、5か月後の2022年1月に入ってのことでした。

なんとか条件面がクリアになったので、そこから急ピッチに作業を進め、1年くらい眠らせていたゲラを再稼働させて、無事校了し、こうして皆様にお届けできることに相成ったというわけでございます。

編集者としては、年間20冊くらい本を作らされている激務のなかで、定期的に催促のメールを打つくらいしかやれることはなく、ただひたすら「待ち」の時間に耐えるだけでしたが、翻訳者である小林先生は、それこそ一日千秋の思いでずっと刊行できる日をお待ちになっていたことかと存じます。

しかも、待たされている間に、未発表短編10編のうちの1編が海外のアンソロジーに収録されてしまい、世界初紹介作品が「10編」が「9編」に減ってしまいましたが......まずは刊行にこぎつけられたことを、読者の皆様とともに寿ぎましょう!(編集Y)











2022年6月25日 09:51 | | コメント(0)

4月末搬入、5月頭発売のもう一冊は、『レオ・ブルース短編全集』
扶桑社ミステリーでは、『三人の名探偵のための事件』『ミンコット荘に死す』『ハイキャッスル屋敷の死』『ビーフ巡査部長のための事件』につづく、レオ・ブルース紹介の第5弾となります。
翻訳者はもちろん、小林晋氏です。

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英国で本格ミステリーの名作が次々と生まれていた黄金期に活躍した推理作家レオ・ブルース。本名のルーパート・クロフト‐クック名義で広範な著述を成すかたわらで、「余技」としてミステリーに手を染めた人ですが、後世に名を残したのは専ら探偵小説によってだというのは皮肉なものです。

デビュー作にあたる『三人の名探偵のための事件』が、単行本として初めて日本で紹介された際には、2000年版の『このミステリーがすごい!』で海外編第4位を獲得(のちに扶桑社から文庫化)。
以来、創元さんのほうで出された『死の扉』は『本格ミステリベスト10』2013年版海外編2位、弊社から出版した『ミンコット荘に死す』が同2015年版海外編3位、『ハイキャッスル屋敷の死』が同2017年版海外編4位を獲得するなど、彼の作品は日本国内でもきわめて高い評価を受けてまいりました(昨年出版した『ビーフ巡査部長のための事件』も、『このミス2022年版』の海外編16位にランクイン)。

シリーズ探偵として、大酒飲みで粗野だが明敏な頭脳を持つビーフ巡査部長と、名門育ちの高校教師キャロラス・ディーンを擁し、計31作の長編ミステリーを執筆したレオ・ブルース。
ただこれまで、彼の紹介はもっぱら長編が中心で、まとまった量の短編が残されていることはあまり知られていませんでした。
今回、弊社から出版された『レオ・ブルース短編全集』は、そんな巨匠が遺した「全」短編を完全網羅した、まさに「世界初」の試みなのです!

何が、どう、「世界初」なのか。
本書の土台となっているのは、アメリカで1991年に刊行された、B・A・パイク氏編のレオ・ブルース短編集『Murder in Miniature』です。
ただ、これに収録されている短編は計28編なんですね。
今回の日本語版短編集では、パイク氏編の元版短編集に、その後発見された2編を加え、さらにカーティス・エヴァンズ氏によってテキサス大学オースティン校のハリー・ランサム・センターで発掘された未発表短編10編を、なんと秘書による生のタイプ原稿を写した写真から「直接」邦訳する形で加え、現時点での短編全集としました。
翻訳権取得に時間を要したために、10編のうち1編は海外のアンソロジーに先行されてしまいましたが、残りの9編については、欧米圏ですら一度も公刊されたことのない、正真正銘の「世界初紹介」短編ということになります。
このような形で、海外作家の「全集」が、タイプ草稿をも含んだ「真の完全版」として世界に先駆けて日本で発売されるケースは、長い出版の歴史においてもそう多くあることではないのではないかと自負いたしております。
すべては、本書の翻訳者で日本レオ・ブルース・ファン・クラブ会長でもある小林晋氏の、作家に懸ける熱い想いと愛の賜物だといってよいでしょう。

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こちらの写真は、本書に収録されている短編「殺人の話」のタイプ原稿の一枚目。
よく見ると、あちこちに(おそらく著者本人による)赤字(青字?)が記入されているほか、本名のルーパート・クロフト‐クックの名前でいったんタイプされた署名が、手書きで「レオ・ブルース」に直されているのがわかります。
読んでいただいた方ならおわかりのとおり、「殺人の話」は、少し他のゴリゴリの本格短編と比べると一般小説寄りのオチをもった異色作です。逆に言えば、一般小説の短編だと考えると、いささかミステリー臭が強い。
もしかして、「表の顔」である作家クロフト‐クックとしていったん執筆しながらも、そのミステリー寄りの内容に鑑みて、後からブルース名義に書き換えたなんて可能性は考えられないでしょうか。
実に興味深い事例と言わざるを得ません。

収録作は、よりどりみどりの計40編。
パーティーの夜に起きた秘書殺しの謎をビーフ巡査部長が快刀乱麻の名推理で解決する「ビーフのクリスマス」、遺産相続をめぐる練り上げられた策謀を暴く「逆向きの殺人」など、短い紙幅に「魅力的な謎の呈示」と「合理的解決」という本格の醍醐味が凝縮された珠玉の短編ばかりです。
そのほとんどは、日刊新聞のために「読者の束の間の気晴らし」として書かれた短い作品ですが、その本格ミステリーとしての骨格は堅固で、いわゆる「5分間ミステリー」的なミニ・ミステリーの面白さを満喫できます。
計40編のうち、ビーフ巡査部長ものは14編、グリーブ巡査部長ものは11編が含まれ、他にアメリカ版短編集の編者B・A・パイク氏による「序文」と、発掘短編の発見者カーティス・エヴァンズ氏による詳細な解説、さらには訳者・小林晋氏によるあとがきと、全短編の書誌を巻末に収録。まさに「完全版」と呼ぶべき、短編全集の登場です。


「ヴィンテージもの探偵小説愛好家のための正真正銘垂涎のご馳走だ!」
――カーティス・エヴァンズ

「片々たる作品においても、作家は確かな手腕を示し、語り口は巧妙で、簡潔かつ要点を衝いている。最良の作品は鮮やか、巧妙、満足できるものであり、この作家の作品として立派に存在意義を主張できるものだ」――B・A・パイク

「本書は現時点で判明している限りのレオ・ブルース名義の短編をすべて集めて刊行する世界初の企画であると胸を張って主張したい」――小林晋(翻訳者)

ぜひお楽しみください!(編集Y)



掲載作品

手がかりはからしの中/休暇中の仕事
棚から落ちてきた死体/医師の妻
ビーフと蜘蛛/死への召喚状
鶏が先か卵が先か/犯行現場にて
鈍器/それはわたし、と雀が言った
一枚の紙片/手紙
一杯のシェリー酒/犯行現場
逆向きの殺人/タクシーの女
九時五十五分/単数あるいは複数の人物
具合の悪い時/カプセルの箱
盲目の目撃者/亡妻の妹
河畔の夜/ルーファス―と殺人犯
沼沢地の鬼火/強い酒
跡形もなく/捜査ファイルの事件
ビーフのクリスマス
インヴァネスのケープ
死後硬直/ありきたりな殺人
ガスの臭い/檻の中で
ご存じの犯人/悪魔の名前
自然死/殺人の話
われわれは愉快ではない/書斎のドア



2022年6月24日 22:02 | | コメント(0)


またぞろがっつり更新をため込んでしまって、大変申し訳ございません。
まずは4月末(5月奥付)の新刊から、ご紹介させてください。

〈トム・クランシーのオプ・センター〉新シリーズの第5弾『黙約の凍土』(上・下)。
今回は、ロシアとキューバを舞台とした「核弾頭」をめぐる陰謀に、オプ・センターのメンバが立ち向かいます!

黙約の凍土_ブログ.jpg


■オンライン書店で購入する(上巻)
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 ■オンライン書店で購入する(下巻)


ひえっっ! 久しぶりにこんな感じの装丁やってみました!

あらすじは、こんな感じです。

老齢のロシア人元武器商人ボリシャコフが長く疎遠になっていた息子ユーリーからの連絡を受けて向かった先は、シベリア北東部アナドゥイリの寒村だった。

そこには、1962年のキューバ危機の際、ソ連によってひそかに設置されたサイロと二基の核ミサイルが今も眠っているのだ。

一方、オプ・センター長官チェイス・ウィリアムズは、イランから米国への亡命を希望するガセミ准将の尋問を行なうなかで、彼の亡命の裏に何か大きな策謀が隠されていることを察知し、メンバーに周辺調査を指示する。

その結果、イランで拘束され人質に取られているはずのガセミ准将の娘、原子物理学者のパランド博士に不穏な動きが見いだされる。

イランによる核爆弾入手計画の可能性に思い至ったチェイスは、部下のマコードをキューバに派遣して、核サイロのありかを知り得る高齢の女性革命家との接触を図るのだが......。

ロシアのGRUとイランが結託して展開する核爆弾移送作戦を、オプ・センターの面々は水際で食い止めることができるのか? 緊迫のミリタリー・サスペンス!


前作『暗黒地帯(ダーク・ゾーン)』では、まさにロシア対ウクライナの戦争勃発危機を題材に、プーチン大統領による軍事的戦略や、戦車軍団による大進撃など、いままさにウクライナ侵攻で起きていることを「予見」するかのような内容を描いていて、本当に驚かされました。

本作では、過去に封印されたまま忘れ去られた「核弾頭」をめぐって、ロシアとイランがはかりごとをたくらみ、それをいち早く察知したオプ・センターの面々が、最悪の事態を回避するために、水際で奮闘します。

ロシアによる「核使用」の可能性というのも、いまこの瞬間においては、大変ホットなトピックです。
ミリタリー・サスペンスにおいて、これから起こりうる危機としてかつて取り上げた内容が、4年、5年と経過するなかで、現実によって後から追いつかれるというのは、まさに著者陣の「見識」と「分析力」、「未来透視力」を指し示す、見事な証左であるといえましょう。

ただ、本書に先駆けて昨年9月に日本で刊行された、ジャック・ライアン・シリーズの『密約の核弾頭』[上・下 新潮文庫]とも、ロシア、イラン、核弾頭というキーワードや大まかな展開が丸かぶりしちゃってることに気づいたときは結構焦りました......本国では『密約の核弾頭』も『黙約の凍土』も、同じ2018年に刊行されてるんですね。トム・クランシー銘柄どうしで、横の連絡とか内容調整とかはやらないものなんかね、とかちょっと思っていしまいました(笑)。

あと、今回の物語では、キューバの老女性革命家が大きな役割を果たします。
この葉巻をくわえた女丈夫が、じつに魅力的なキャラクターなんですね。
個人的には、コーネル・ウールリッチの『恐怖の冥路』に登場する、あの印象深いハバナ人女性を想起しましたが、さすがにちょっと古いですか(笑)。
彼女をめぐる物語にもまた、「ロシア(ソ連)」という国の影が落ちています。

次回作、『Sting of the Wasp』では、オプ・センターが大きな危機に見舞われます。
無差別テロの勃発。オプ・センターへの解散指令。
だが、その背後では、極秘の計画が動いていた......。
緊迫の展開が待っておりますので、ぜひお楽しみに。
これまで1年に1作のペースでご紹介してきた本シリーズですが、次作はあまり間をあけずに、2022年の9月末にはお届けしたいと思っております。ご期待ください!(編集Y)







2022年6月24日 19:39 | | コメント(0)

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