名作紹介

2007年03月15日
【名作紹介】

担当書の思い出 悪女パズル その2


その後、森泉さんからは何度かご連絡をいただきました。森泉さんは、『悪女パズル』の訳了後、同じクェンティンの『女郎ぐも』の新訳にのぞまれていました。2005年の年末にいただいたお手紙には、「ピカピカの新訳に仕上げるつもりなので、どうぞご期待ください」とありました。
ところが、2006年の3月に「もうしばらくお待ちください」とのお話があって以来、ご連絡がとだえました。こちらも忙しさにかまけて、「訳が完成したら連絡があるだろう」くらいに構えていました。
7月になってふと、さすがにどうされているのかな、と思い、電話をかけてみることにしました。今となっては虫の知らせだったのでしょうか。電話口からは、「現在、この電話番号は使われておりません」とのメッセージが。いやな予感がしました。

翌朝、早速、祐天寺のマンションにあるご自宅を初めて訪ねてみました。すでに表札はなく、郵便受けにはガムテープが貼ってありました。呼び鈴を押しても応答がありません。
隣近所の方もみなお留守です。ようやく階下の方にお話を伺うことができました。森泉さんは一週間ほど前に自室で倒れられて、そのまま帰らぬ人となったとのお話でした。一人暮らしをされていたので、発見がかなり遅れたとのことでした。
あまりに悲しい、そして、あまりに辛い結末でした。(続く)  (Y)

2007年03月14日
【名作紹介】

担当書の思い出 悪女パズル その1


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悪女パズル』は、とあるひとりの翻訳者さんの熱意によって出版に至った作品です。
パトリック・クェンティンといえば、アメリカ本格の大立者ですが、近年は現役の本もほとんどなく、初期の「パズル」シリーズも読めないか、訳はあっても入手不能なものばかりでした。
翻訳者の森泉玲子さんが弊社を訪ねられたのは、僕がミステリ編集の職に就く前のことです。何社かに断られたのちに、うちに来られたようです。当時はまだ国書刊行会さんの叢書が成功する以前で、本格ものの復刊が商売になるかどうかは未知数の時代でした。森泉さんの熱意あふれる説得があってこその出版決定だったのです。

担当することになってお会いした森泉さんは、とても上品な老婦人でした。頭におしゃれなターバンを巻き、美しい日本語を話される魅力的な方でした。これまでいろいろされてきたそうですが、書籍の翻訳は実は初めてとのこと。なんでも、かなりお年を召されてから一念発起して翻訳学校に通い、時間をかけて本書の訳文を練り上げていったそうです。
タイトルに関してうちの会社の上役から横槍が入ったときには、どうしても『悪女パズル』でなければならない理由について書き綴った、何枚にもわたるお手紙を頂戴したこともありました。

そして、出版。結果、作品は好評をもってミステリ・ファンに迎え入れられました。本格ミステリBEST10の2006年度版で、海外部門堂々の2位。「あの扶桑社が」と揶揄されながらも(笑)、とても嬉しい出来事でした。森泉さんも随分と喜んでおられました。(続く)  (Y)

担当書の思い出 悪女パズル その1


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悪女パズル』は、とあるひとりの翻訳者さんの熱意によって出版に至った作品です。
パトリック・クェンティンといえば、アメリカ本格の大立者ですが、近年は現役の本もほとんどなく、初期の「パズル」シリーズも読めないか、訳はあっても入手不能なものばかりでした。
翻訳者の森泉玲子さんが弊社を訪ねられたのは、僕がミステリ編集の職に就く前のことです。何社かに断られたのちに、うちに来られたようです。当時はまだ国書刊行会さんの叢書が成功する以前で、本格ものの復刊が商売になるかどうかは未知数の時代でした。森泉さんの熱意あふれる説得があってこその出版決定だったのです。

担当することになってお会いした森泉さんは、とても上品な老婦人でした。頭におしゃれなターバンを巻き、美しい日本語を話される魅力的な方でした。これまでいろいろされてきたそうですが、書籍の翻訳は実は初めてとのこと。なんでも、かなりお年を召されてから一念発起して翻訳学校に通い、時間をかけて本書の訳文を練り上げていったそうです。
タイトルに関してうちの会社の上役から横槍が入ったときには、どうしても『悪女パズル』でなければならない理由について書き綴った、何枚にもわたるお手紙を頂戴したこともありました。

そして、出版。結果、作品は好評をもってミステリ・ファンに迎え入れられました。本格ミステリBEST10の2006年度版で、海外部門堂々の2位。「あの扶桑社が」と揶揄されながらも(笑)、とても嬉しい出来事でした。森泉さんも随分と喜んでおられました。(続く)  (Y)

2007年03月02日
【名作紹介】

『ハスラー』といっしょにどうぞ


『ハスラー』を読んだら、ぜひ手にとってほしいのが、『シンシナティ・キッド』

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 ■シンシナティ・キッド
 ■リチャード・ジェサップ著
 ■真崎義博訳
 ■文庫判
 ■定価/620円(税込)
 ■2001年3月30日
 ■ISBN978-4-594-03104-6
 ■オンライン書店で購入する
amazon7&Y楽天ブックサービスbk1

『ハスラー』がビリヤード(プールゲーム)なら、『シンシナティ・キッド』はカード(ポーカー)
『ハスラー』がポール・ニューマンなら、『シンシナティ・キッド』はスティーブ・マックィーン
『ハスラー』がエドワード・G・ロビンソンなら、『シンシナティ・キッド』はジャッキー・グリーソン
『ハスラー』がウォルター・テヴィスなら、『シンシナティ・キッド』はリチャード・ジェサップ

...と、いろいろくらべたくなるこの2作。

 どちらも、競技として昇華されたギャンブルに、知力・体力・時の運をかけて挑む男たちの姿を描いた、名作中の名作であります。
 しかも、アプローチのちがいで、こんなに味わいが変わるのですなあ(ヒロインの造形の差も興味深いところ)。

 ぜひ本棚にならべてあげてください。〈編集・T〉

2007年02月25日
【名作紹介】

担当書の思い出 オックスフォード連続殺人 その4


その1 その2 その3
ながながとお付き合いいただき、すいませんです。オックスフォード最終回です。

これは極私的な意見ですが、日本の文化受容って「蒸留」に近い部分があると思っています。原産国の「どぶろく」をより精製して純化し、細分化してゆく小器用でやたら真摯な文化受容。ラーメンやカレーだってそうでしょう。本格ミステリの場合いつも思うのは、クロフツの『樽』を読んで、鮎川哲也氏が『黒いトランク』を書いちゃうのが日本なんだなあということ。たぶん、イギリス人が読んだらびっくり仰天するんじゃないでしょうか。そのあまりの「蒸留」ぶりに。
そう考えると、同じ本格ミステリの祖国イギリスを舞台に、理知とたくらみの延長上でパラレルワールドを展開した山口雅也氏と、ものすごく素のままにイギリスをパラレルワールドにしてしまったマルティネスという対比……「本格」というアングロ・サクソン的な「論理の文学」を、いかにそれぞれの民族が受容し国民性のなかで変質させたか、という議論も成立しそうです……。
なんて、やくたいもないことを「改変」問題を通じて僕は夢想したのでした。

各社のベスト10などでの評価をマルティネス氏に連絡したところ、たいへん喜んでおられました。彼の次回作は、“THE SLOW DEATH OF LUCIANA B”(ルチアナ・Bの緩慢なる死)とのこと。まだ執筆途中らしく詳細は不明ですが、なんか本格ミステリの香がぷんぷんします。いや、そうであってほしい(笑)。あと一押し、『オックスフォード』が売れてくれれば、きっと企画も通るでしょう。いや、通したい(笑)。というわけで、読者のみなさんも、ぜひ本書をご購入・ご紹介いただき、応援していただけると嬉しいです!(Y)

2007年02月24日
【名作紹介】

担当書の思い出 オックスフォード連続殺人 その3


その1 その2
原書から英訳版への大幅な改編。問い合わせたメールへの著者からの返信は「それは知りませんでしたねえ」というあっけらかんとした(まさにラテン)返答でした。
どうやら、英訳した翻訳者が勝手に著者の「間違い」を直したもののようです。もちろん、実際には「間違い」の箇所はすべて著者が「故意に」ちりばめたものとのことでした。ちなみに、著者からのメールには、「そこまで訳文を真剣にご検討いただき、ただただ驚いています」などと書いてありました(笑)。このアバウトさ……ぜひ見習わなければ!
一件落着。結局、原典そのままでいったわけですが、なんだかラテンのミステリ観と、英米のミステリ観の相違がほのみえてとても面白かったです。

マルティネスにとっては、現実世界は幻想・神話と地続きのものであり、理知的な論理の世界である本格ミステリもまた、幻想が介在して是とされるポエティックで神話的な世界なのでしょう。むしろ、わざとそれをちりばめてきている。ところが一方、英米の出版社はそれを「誤植・著者の思い違い」と判断した、ということです。
ゴチック小説/幻想文学を祖形としながら、その幻想を打ち破る「理知の光」としての「推理」をつきつめてきた英米の本格。それをふたたび幻想の沃野へと引き込んだアルゼンチンのマルティネス。ひるがえって、日本で本格がどのように受容されてきたかなどと考えると大変興味深いと思いませんか?(続く)  (Y)

2007年02月23日
【名作紹介】

担当書の思い出 オックスフォード連続殺人 その2


その1
本書の翻訳は、スペイン語の原書を底本としてお願いしていました。ところが、英訳版には内容に大きな異同があるというのです。
チェックしてみると、たしかにかなりの改変が見られました。そして、その傾向には一定の法則があったのです。

『オックスフォード連続殺人』のモチーフには、いくつかの「うそ」が挿入されています。それは、フィクションという意味ではなく、架空のモチーフという意味の「うそ」です。
たとえば「アングスタム」という動物。どうやらオポッサムのような有袋類らしいのですが、イギリスに有袋類は棲息していません。どうやらボルヘスか何かの小説に出てくる架空の動物のようです。
あるいは、コープランド作曲の「シャイアンの春」。「アパラチアの春」ならありますけど……。そもそも、トライアングルがメインの協奏曲なんて、あるわけはないのです。

こうした、「幻想のモチーフ」が英訳版では軒並みカット、あるいは現実に即して変更され、関係する文節をまるまる書き換えるなどの処理がなされていました(アングスタムは、アナグマに変更……)。あと、オックスフォードに実際にはない路線や新聞の名前も変更されていたり……。
あせりました。なぜなら、英訳版が出たのは最近です。著者の意向で訂正されている可能性も高いのです。それなら、全面的に原稿を見直さねばなりません。
そこで、考えあぐねたすえ著者のマルティネス氏にメールで連絡をとってみました。
著者からの返信は……。(続く)  (Y)



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