編集部日記
2010年10月05日 |
【編集部日記】
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囚われの身で読む本 その2
以前、グアンタナモ収容所の図書館の話をご紹介しました。
いっぽう、いま、アメリカの刑務所の図書室のありかたが議論を呼んでいます。
2007年、コネティカット州チェシャイアでむごたらしい事件が起こりました。
医師の家に2人組が侵入し、家族4人を監禁、放火。医師だけは助かったものの、妻と2人の娘が死亡したのです。
犯人は逃亡前に逮捕されたのですが、その片方は、強盗をはじめ前科26犯、17の刑務所で服役してきたという男。
彼の公判がはじまったのですが、その準備として、この男が刑務所のなかで読んだという本のリストが弁護側によって提出されました。
しかし、検察側はそれを取りあげなかったため、公判中にこの件に触れられることはない予定です。
さて、そこでマスコミが、刑務所ではどんな本が読めるのだろうと調べたところ、カポーティの『冷血』が2つの刑務所内の図書室に所蔵されていることがわかりました。
もしかしたら、犯人が読んで参考にしたのではないか!?
たしかに、2人組の犯人が家宅侵入して一家を惨殺するという点で、事件と『冷血』が似ていないことはない。
もちろん犯人が読んでいなかった可能性が高いですが、すくなくとも読める状態にあることはまちがいないのです。
ほかにも刑務所内には、犯罪ノンフィクション作家アン・ルールの作品(『テッド・バンディ』他が訳出されています)や、フィクションでもジェイムズ・パタースンの『多重人格殺害者』などのサイコ・サスペンスも所蔵されていました。
コネティカット州のある上院議員は「世の中にはたくさんの本があるのに、受刑者が人殺しについて書かれた本を読む必要はないだろう」として、『冷血』などを図書室から排除するよう主張し、法的な行動も辞さないとしています。受刑者がこういった本を読み、犯罪を計画するのではないか、というわけです。
刑務所では、受刑者に直接送られてくる本などもチェックもしているのですが、性的な描写がある本やストリート・ギャングを描いたもの、あるいは暗号が含まれている書籍などは排除していたものの、“ナイト・ストーカー”ことリチャード・ラミレス(13人を殺害した犯人)についてのノンフィクションなどはそのまま届けていたことが判明しました。
じっさい、かつてジョン・ファウルズの『コレクター』に触発されたという連続殺人犯がいましたし、スティーヴン・キングの『ハイスクール・パニック』を読んだ少年が、学校で教師と生徒を殺害したという事件もありました。
(ちなみに『ハイスクール・パニック』は当社から翻訳出版されていた名作ですが、コロンバイン高校の事件を受けて、キング自身が全世界での絶版を指示しました)
もちろん、本に影響されて犯罪を行なう、などという極論には反対する人も多く、アメリカ自由人権協会の弁護士は「例によって、政治家が凶悪犯罪を口実に表現の自由をおかそうとしている」と批判しています。
2010年09月24日 |
【編集部日記】
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禁書週間
9月25日から、アメリカで「禁書週間」がはじまります。
といっても、本をどんどん禁書にするわけではなく、逆に、禁書という問題をとおして「読む自由」について考えようというイベントです。
図書館や出版社、書店、著者などの団体がバックアップして、1982年から毎年行なわれています。
日本でも、図書館で特定の思想傾向の書籍が意図的に廃棄された、などという事件がありましたが、アメリカでの禁書はフィクションがメイン。
禁書などというと、現代とは関係ないような感じがしますが(焚書坑儒とか、ナチスとか、「華氏451度」とか)、そうではないのです。
アメリカの図書館団体が集めたデータによると、禁書にしろという申し立ては、2009年中に全米で460回起こされたとのこと。
槍玉にあげられた本の上位10作が公表されていますが、なんと第10位には、小社から刊行していたロバート・コーミアの名作『チョコレート・ウォー』が入っているではありませんか。性的な言及や粗雑な言葉遣いなどがあり、青少年読者に不適切だというのです。
ほかにも、ジョディ・ピコーの『わたしのなかのあなた』や、ステファニー・メイヤーの『トライライト』のシリーズなども。
これまでどんな本が禁書候補にあげられてきたか、ということで、20世紀をとおして禁書が試みられた作品100を見てみましょう。
トップ10を紹介しますと――
1『偉大なるギャツビー(グレート・ギャツビー)』
2『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』
3『怒りの葡萄』
4『アラバマ物語』
5『カラー・パープル』
6『ユリシーズ』
7『ビラヴド』
8『蠅の王』
9『1984年』
10『響きと怒り』
なお、11位は『ロリータ』。
ちなみに、『ライ麦畑』『アラバマ物語』『カラー・パープル』は、2009年のベスト10にも入っているんですよ。
まるで、禁書というより、名作文学全集みたいなラインナップですね。
2010年08月31日 |
【編集部日記】
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ダニエル・シルヴァの奇跡?
謀略ミステリーの名手ダニエル・シルヴァが2006年に発表した The Messenger という作品があります。
シリーズ・キャラクターである、イスラエルの伝説のスパイで絵画修復家のガブリエル・アロンが、大規模なテロに立ちむかう物語です。
この本が出た当時のこと。
ケンタッキー州レキシントンに住むレス・モリス弁護士は、妻とともにアラスカへ休暇旅行に行く予定でした。
出発直前、彼は、ちょうど当地のブルーグラス空港を訪れていたダニエル・シルヴァから、サイン入りの The Messenger を手に入れました。
レス・モリスの息子ウィンは、ふだんの父らしくない行為だと思ったそうです。
冒険小説を読むのは好きだったそうですが、作家に会って話をしたりするタイプではなかったとのこと。
逆に言えば、それだけダニエル・シルヴァの作品が好きだったようです。
しかし、レス・モリス氏はその本を読むことはできませんでした。
2006年8月27日のことです。
モリス夫妻の乗った旅客機は、誤って短い滑走路に進入し、離陸に失敗して墜落。
副操縦士だけは助かったものの、乗員乗客49名が死亡。犠牲者には日本人2名も含まれていました。
事故から数ヵ月後、息子のウィンは驚くべきものを目にします。
機内から発見された乗客の身の回り品のカタログのなかに The Messenger があったのです。
事故機は大破し、爆発炎上したにもかかわらず、このサイン本は傷ひとつない状態でした。
本を受け取ったウィンは、これを機に長年の夢を実現することにしました。
それは、書店を開くこと。
書店チェーンや大学出版局で働いてきたウィンは、小さいころから考えていた「自分の本屋を持つ」という目標を実行に移すことにしたのです。
「思わぬ事故で、今日が人生最後の日になるかもしれない。それなら、無駄にすごしたり、いつかこんなことがしたいな、などと言ってちゃいけない」
こうして2008年、The Morris Book Shopが開店しました。
店内には、あの The Messenger が飾ってあるそうです。
2010年08月27日 |
【編集部日記】
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8月28日は
International Read Comics in Public Day、つまり「外でマンガを読む日」なんだって。
公園やビーチやバスのなかや図書館の入り口の階段で、1〜2時間のあいだ、堂々とマンガを読もう、というだけのコンセプト。
なにしてるの? と他人から聞かれたら、「コミック・ブックを読んでるんだ」と答えよう(グラフィック・ノヴェルを読んでる、でも可)。
マンガを読んでるんだ、というアピールが重要なんですね。
それだけじゃなく、もしほかのマンガを持っていたら、その人に貸してあげよう。
輪を広げなきゃね。
もちろん、冗談半分ではあるわけですが、この運動をはじめたブライアン・ヒーター氏によると、彼はコミックのブログを書き、コンヴェンションに出かけるほどのファンなのにもかかわらず、いまでも「公共の場でマンガを読むのが恥ずかしい」んだそうです。
日本が、80年代にはすでにクリアしていた段階ですねえ。
ちなみに8月28日はジャック・カービーの誕生日でもあるそうですよ。
ともかく、がんばれ!
2010年08月25日 |
【編集部日記】
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囚われの身で読む本
グアンタナモ米軍基地の収容所にある図書室の蔵書について、〈タイム〉が紹介しています。
18000点あまりの書籍、雑誌、DVDなどが所蔵されていて、言語も英語、フランス語、アラビア語から、ウルドゥー語、ペルシャ語、パシュート語まで、18種類におよぶそうです。
人気のある作家は、ジョン・グリシャム、アガサ・クリスティー、それにハリー・ポッター・シリーズ...なんか、とってもふつう。
それと、世界各地の風景を収録した写真集も人気だそうですよ。
いつ出られるか、裁判があるかどうかさえわからない人たちですものねえ。
こんなものが読みたい、とオーダーが入ると、探して手配するんですって。
「ダン・ブラウンには、まいったよ」と係の海軍士官。アラビア語訳が入手できなかった、って話です。
大ベストセラーだし、反キリストとか言われた本だから、簡単に手に入りそうな気もしますけどね(もちろん、政治的宗教的に極端な内容や性的なものは、オーダーされてもはじかれるそうですが)。
軍で見つけられないときは、赤十字の手を借りるそうです。
隔離されて暮らさなければならない人たちにとって、外界のことを知るのは精神衛生上必要なことだから、本は重要なんだそうです。
グアンタナモも変わりましたねえ。
っていうか、それが当然ですか。
じつは、わが社にも、日本中の矯正施設のなかから、目録を送ってほしいという手紙が毎日のように届きます。
グアンタナモといえば、パキスタン系英国人がテロリストに仕立てられて収容されてしまう『グアンタナモ、僕達が見た真実』というきびしい映画がありました。
その監督、マイケル・ウィンターボトムの新作が、これです。
2010年07月28日 |
【編集部日記】
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マイクル・コナリーの今後
じつは、コナリーを扶桑社に取りもどそうという試みが行なわれたので、その裏話を。
もともと、「ナイトホークス」(■オンライン書店で購入する
amazon/7&Y/楽天/ブックサービス/bk1/)にはじまるコナリー作品を日本に紹介したのは扶桑社だったわけですが、当代きっての人気作家のひとりとなり、契約交渉もじょじょに難航。
ついには「エンジェルズ・フライト」(■オンライン書店で購入する
amazon/7&Y/楽天/ブックサービス/bk1/)を最後に、扶桑社はコナリーを手ばなす仕儀に立ち至ったわけです。
と書きますと、扶桑社がちゃんと売っていないのが悪い、とか、やる気がないんじゃないのか、とか、損してでもシリーズは出しつづけるのが出版社の責務だ、とか、きびしいご批判を受けるものでございます。
どうもすみません。
とはいえ、いくら現場が希望しても、会社としてはハナから損をするとわかっているビジネスはできませんし、時に利あらずという事態も起こるものなのです。
さて、コナリーはその後、複数の版元さんたちによって順調に翻訳刊行されてきましたが、昨年、急にエージェントから話が舞いこみました。
日本で刊行をつづけている出版社さんが、未刊行作品がいくつかたまっていることもあって、当面コナリーの新しい作品を取得するのを見あわせる、というのです。
しかも、浮いてしまった新作 The Scarecrow は、扶桑社より刊行している「ザ・ポエット」(■オンライン書店で購入する
amazon/7&Y/楽天/ブックサービス/bk1/)のジャック・マカヴォイが主人公をつとめる作品。
これは呼びもどすしかない!
2010年04月08日 |
【編集部日記】
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個人的なごあいさつ
「編集部・T」です。
わたくしごとで申し訳ないのですが、今回、住みなれた編集部を離れることになりました。
この文庫にたずさわって14年あまり。
単行本も含め、二百数十点は作った計算になります。
そんなふうに本を作ってこられたのも、翻訳者・デザイナーさんをはじめとする関係者のかたがたと、そしてなによりもご愛読いただいた読者のみなさまのおかげです。
などと言うと月並みに聞こえてしまうかもしれませんが、それでも、この不況下でも本を買ってくださるかたがいらっしゃるからこそ、わたしたちの仕事は成り立っているのだと、心の底からほんとうに思っています。
なにしろ、どこの書店でどの本が何冊売れたということまでわかる時代です。
わたしたちは、じっさいに楽しみにしながら本を買ってくださるかたがたの存在を実感しているのです。
そんな読者のみなさまの期待に、すこしでも答えられていたならよいのですが。
いま、翻訳ミステリーはひじょうにきびしい状況にあります。
扶桑社海外文庫で言えば、ロマンス・レーベルは、ありがたいことにそれなりに調子がよいのですが、ミステリーに対しては風当たりが強く、社内調整でも苦戦がつづいています。
お気づきのように、昨年後半あたりから刊行点数が減り、シリーズものぐらいしか出版できませんでした。
しかし、じつはすでに以下のような作家の準備ができているのです。
リザ・スコットライン
スティーヴ・マルティニ
デイル・ブラウン
リチャード・マシスン
そこにくわえて、次のような作家が入ってきます。
クライブ・カッスラー
ロビン・クック
ジョー・ゴアズ
ローレンス・ブロック
こういった一線級の作家をご提供することで、翻訳ミステリーの楽しみがさらに広がり、深まればと考えています。
いっぽうで、『アトランティスを探せ』が3刷となり、『隣の家の少女』が累計10万部を超えるなどの朗報もあります。
読者のみなさまとともに、翻訳ミステリー全体を盛りあげていければと願っています。
今後とも、扶桑社海外文庫をよろしくお引き立てください。(編集部・T)
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