食道がんでした。

 デジタル派の三川さんらしく、インターネットでことごとく医療機関をチェックし、千葉県柏市の国立がんセンターを選択。
 今年の春先、つくばエクスプレスなるものにはじめて乗って、お見舞いにうかがいました。
 三川さんは、点滴のキャスターを片手に、スリッパで院内を走りまわり、エレベータのボタンを押してくださったり、飲み物のコップを運んできてくださったり。
 元気そうなのでほっとしたのですが、わたしが直接お会いしたのは、それが最後になりました。

 盛岡に帰られてから、再発。
 それでも、入院中であっても、メールはいつもながらのクイック・レスポンスでした。
 ただ、言葉の端々からは、自分の残り時間でなにをするか、という問題に向きあっていらっしゃるのが感じられました。
 トンプスンに関しても、訳すべき作品が見あたらず、最終的に選ばれたのは、Cropper's Cabin。
 訳すだけ訳してしまえば、あとは編集部がなんとかしてくれるだろうとまでは思ったけれど、手をつける踏ん切りがつかないとのこと。

 そこで、短編はどうかとお話ししてみました。
 ヒッチコック・マガジンに載った、ミッチ・アリスンものの改訳・新訳です。
 三川さんは大乗り気で、かかえているゲラを片づけて、すぐ取りかかるとおっしゃいました。
 これぐらいなら完成させられる、という返事。

 しかし、その後も入院・通院がつづきます。
 最後にわたしが受け取ったメールは、「月刊プレイボーイ」見た? という内容。
 書評のページで、「安物雑貨店のドストエフスキー」という言葉が、トンプスンではなくエルロイに対してつかわれていた、わかってないね、というものでした。
 月プレ読む元気があるならだいじょうぶ、とそのときは思ったのですが。

 三川さんが亡くなったのを知ったのは、出張先のフランクフルトでのことです。
 最後のメールを受け取って、4日後でした。
 かかえていたゲラの作業を終え、復刊される『英語の冒険』の手なおしをすませた直後だったとのこと。
 公私ともに、自分の死後のことをすべて手配して、あまりにもすばやく逝ってしまわれました。

 この10年あまり、翻訳という天職を得て、惚れこんだ盛岡の街に最愛の奥様と暮らし、人生を謳歌された三川さん。
 ご冥福をお祈りします、という、ありきたりなことしか言えないのが、残念でなりません。(編集部・T)

2007年10月31日 20:49

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