9月25日から、アメリカで「禁書週間」がはじまります。
 といっても、本をどんどん禁書にするわけではなく、逆に、禁書という問題をとおして「読む自由」について考えようというイベントです。
 図書館や出版社、書店、著者などの団体がバックアップして、1982年から毎年行なわれています。

 日本でも、図書館で特定の思想傾向の書籍が意図的に廃棄された、などという事件がありましたが、アメリカでの禁書はフィクションがメイン。
 禁書などというと、現代とは関係ないような感じがしますが(焚書坑儒とか、ナチスとか、「華氏451度」とか)、そうではないのです。

 アメリカの図書館団体が集めたデータによると、禁書にしろという申し立ては、2009年中に全米で460回起こされたとのこと。
 槍玉にあげられた本の上位10作が公表されていますが、なんと第10位には、小社から刊行していたロバート・コーミアの名作『チョコレート・ウォー』が入っているではありませんか。性的な言及や粗雑な言葉遣いなどがあり、青少年読者に不適切だというのです。
 ほかにも、ジョディ・ピコーの『わたしのなかのあなた』や、ステファニー・メイヤーの『トライライト』のシリーズなども。

 これまでどんな本が禁書候補にあげられてきたか、ということで、20世紀をとおして禁書が試みられた作品100を見てみましょう。
 トップ10を紹介しますと――

  1『偉大なるギャツビー(グレート・ギャツビー)』
  2『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』
  3『怒りの葡萄』
  4『アラバマ物語』
  5『カラー・パープル』
  6『ユリシーズ』
  7『ビラヴド』
  8『蠅の王』
  9『1984年』
  10『響きと怒り』

 なお、11位は『ロリータ』。
 ちなみに、『ライ麦畑』『アラバマ物語』『カラー・パープル』は、2009年のベスト10にも入っているんですよ。
 まるで、禁書というより、名作文学全集みたいなラインナップですね。

 このあたりを見ると、アタマの固い一部の人たちが言いがかりをつけてるみたいだな、とも思えますが、事はそう簡単ではありません。

 たとえば、『大草原の小さな家』のシリーズは、もちろんアメリカでも長く読みつがれているのですが、そのなかにはアメリカ・インディアンに対するあきらかに差別的な言動が描かれており、教育関係者や図書館員の頭痛のタネになっているそうです。
 差別的な書物として禁じるべきなのか? そこまでいかなくとも、検閲を行なって内容を修正すべきなのか?

 こういった例は、あげはじめればキリがないでしょう。
 じっさいに、『ドリトル先生』のシリーズなどは、1980年代に文章の一部を修正し、挿し絵も描き換えることで、人種差別を排する試みが行なわれたといいます。

 しかしこれは、本来ならば著作者本人の許可を得なければやってはいけないはずのことです。
 たとえば『ドリトル先生』の著者ロフティングは、修正が行われた時点ですでに亡くなっており、改変は「著作者人格権」をおかしていると考えられます。

 そうはいいながら、これからの時代にも読みつがれるようにするために、ある程度の社会的責任を果たしたという考えかたも成り立ちます。
 それが、子どもに影響を与えやすい児童書なら、なおさらだ、というわけです。
 こういった事例がさらに関係者を悩ませているわけです。

 禁書が提起する問題は、じつはひじょうに現代的なのです。

2010年9月24日 15:12

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